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数多くの注目作や話題作を生み出した、初代プレイステーション。その中でも、他に類を見ない独特な世界観を打ち出した『クーロンズ・ゲート』は、多くのユーザーの記憶に今なお色濃く残る一作です。
本作が発売されたのは1997年ですが、なんと15年以上経過した2014年に、オリジナルサウンドコレクションが登場。翌年には設定資料集が、そして2016年にはライブイベントを開催するなど意欲的な展開が続いており、2017年を迎えてもその活躍と勢いはなお衰えません。
そんな意欲的な活動のひとつとして、昨年より注目され続けているのが、PSVR専用ソフトとして開発されている『クーロンズゲートVR suzaku』です。アジアゴシックな世界観をVR空間で表現するこのプロジェクトは、「龍城路」及び「クーロンフロント」を再現。もちろんVR空間中では、ユーザーがあの世界を自由に動き回ることができます。
この新たな試みは、支援を募るクラウドファンディングという形でスタート。支援額300万円を目標としてスタートしましたが、なんとわずか15時間半で達成。最終的には、9,077,255円もの支援が集まる結果となり、SNSでは本作のためにPSVRの購入を検討する方も現れるほどでした。
そして、華々しい結果を迎えたクラウドファンディングの終了から数ヶ月経ち、現時点での『クーロンズゲートVR suzaku』がどのような状態になっているのか、気になっている方も多いことでしょう。そこで今回も、前回のインタビューと同じく、株式会社JETMAN/宝塚大学 東京メディア芸術学部教授の井上幸喜氏と、同准教授吉岡章夫氏にお会いし、開発状況や秘話などを伺ってきました。20周年を迎えた『クーロンズ・ゲート』の今後に迫るインタビュー、ご覧ください。
──本日はクラウドファンディングに関する話題から入ろうと思います。まずは、わずか15時間半という短時間で達成した件について、その時の率直な感想をお聞かせください。
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井上氏:クラウドファンディングを行った理由は、資金調達というよりも、ユーザーさんたちが『クーロンズ・ゲート』という作品をどれだけ覚えているか、また注目度があるのかというのをリサーチする意味合いの方が大きかったんです。そのため「時間をかければ達成するだろうな」という金額を設定していました。
しかし、15時間半での達成については、こちらもびっくりしました。1週間くらいかかるだろうと見ていたので。だから「これはヤバイね」と話していました(笑)。
吉岡氏:我々、意外と小心者なので(笑)。「目標金額に行かないと格好悪いな」と思って300万にしたんです。でも、(ユーザーの)熱さ具合が、僕らの想定を大きく超えていました。15時間半で達成は、嬉しかった反面、プレッシャーにもなりましたね。
──ユーザーさんの期待に応えるべく、気合いを入れ直したわけですね。
井上氏:Twitterのトレンドに上がったのが衝撃でしたね。(この結果を受けて)「ユーザーさんの掘り起こしは出来るよね」という目安が立ちました。“ユーザーさんと一緒に楽しんでいける安心感”とでも言いますか。
──ユーザーさんと共に作り上げていきたい、と。
井上氏:そこはずっと変わらない僕らのスタンスですね。
──後に新たなストレッチゴールが追加されましたが、その経緯や、追加内容として新曲の作成を選ばれた理由を教えてください。
井上氏:ストレッチゴールを行った理由は、あまりにパトロンさんの勢いが強くて、情報が行き渡る前に売り切れたリターンが多かったんです。特に、スタッフロールに名前を出したいという声が大きかったので、それに対応して枠を増やそうと考えました。
その時に、ただ枠を増やすだけではなく、ストレッチゴールを新たに設定する形にすれば、既に支援して下さった方にとっても楽しめるものになるかなと。
──なるほど。枠を追加するだけでは、そこに申し込んだ方だけが対象ですが、ストレッチゴールならば、本作を楽しむ全ての人に提供出来ますね。
井上氏:いわゆるユーザーサービスの一環ですね。そして新曲に関してですが、はい島邦明さん(“はい”は、くさかんむりに配)にお願いする楽曲として、「昔のものがもう一度使えればいいね」というところではあったんですが、ユーザーさんの熱い勢いをはい島さんの方も理解してくださって「僕も新しいものを作りたいなぁ」と。
──はい島さんの方から!
井上氏:とはいえ、作るとなったら予算がかかるので(笑)、ストレッチゴールに入れ込む形になりました。
──そういった経緯だったんですね。あとクラウドファンディングには、リターン者専用部屋というものもありましたが、そちらに関するお話は伺えますか?
井上氏:「住める」とかそういうことではないんですが、ユーザーが望んでいた部屋に入れる……と言っておきます(笑)。“入りたかったんだけど入れなかった部屋に”ですね。
──対象者の方々は、期待がさらに膨らみますね。
──ここからは『クーロンズゲートVR suzaku朱』についてお聞かせください。現在の開発状況はいかがですか?
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吉岡氏:まずグラフィックス面についてですが、完成形に向けた目途は立っています。
井上氏:モデリング等々の素材や、ダンジョンのマップとして構造なども、8割くらい終わってますね。あとはキャラクターとかですが、今のところスケジュールに大きな遅れはありません。……この先何が起こるかは分かりませんが(笑)。
──未来は不確定ですからね(笑)。現時点では、予想外の出来事などは起きていないと。
井上氏:スケジュール面でのショックはないですね。既に体験版を作っていた(※体験会向けに制作したもの)ので、基礎研究が終わっている段階から始められたこともあり、順調に進んでいます。少ない人数なのも幸いしているのかなと。
──何人ほどのチームで開発されているんですか?
井上氏:メインは5人ですね。スタッフロールがすごく短くなりそうです(笑)。
吉岡氏:ゲーム部分に関するものも作っていますが、平行して「VR酔い」への対応も入れ込んでいます。
──「VR酔い」への対策は、目途がついている感じですか?
井上氏:今年の1月にリリースされた『バイオハザード7』や、これまでに出たVRタイトルなどを参考にしつつ、なるべく酔わないものを考えています。個人の体質の問題もあるので、完璧に酔わないというはなかなか難しいですね。
吉岡氏:鉄則的なところで「これはやらない方がいいだろう」というものを取り入れつつ、『クーロンズ・ゲート』としてしてどうあるべきか、と模索しています。
井上氏:「酔いゲー」と呼ばれた、オリジナル版『クーロンズ・ゲート』よりも酔わないようにしたいですね(笑)。
──オリジナル版超えを目指す、と(笑)。ちなみに、体験会で披露されたバージョンと比べて、どのような進化などを遂げていますか?
吉岡氏:全然違いますね。
井上氏:進化という言葉でいうならば、オリジナル版の忠実再現であり、それを超えるようなものですね。そのレベルの表現が出来ているかなと思います。
吉岡氏:オリジナル版を遊ばれた方には、かつてディスプレイ上で、しかも操作できずに見ていた空間が、VR上で“そこにある”という感覚を感じてもらえるかと。
井上氏:オリジナル版よりもグラフィックのクオリティは上がってますし、自由に動くことが可能です。ただ、やっていることは“昔のものの再現“
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吉岡氏:現在の主流は「Hi-Fi」を求められていると思いますが、『クーロンズ・ゲート』では「Lo-Fi」と呼ばれるものを突いていこうかなと。最新技術で開発しているので絵の密度は当然上がっているんですけど、PS1の「あの感じ」を再現したいなと思ってます。
──主流となっているフォトリアルな切り口ではない方向で、と。
井上氏:(映像面で)映画を意識した作りのゲームが多いと思いますが、オリジナル版の頃から僕が狙っているのは「映画」ではないので、キャラクターも実際の人間的リアリティがないわけですよ(笑)。どちらかと言えば「テーマパーク」と僕はよく言ってるんですが。
吉岡氏:“ライドものでアトラクション感覚”といったような。
井上氏:「映画チックなリアリティを『クーロンズ・ゲート』には求めてない」というのがユーザーさんの声を聞いても分かってきたので。すごく美形な人があの世界にいたら、逆に違和感ですよね。なので、表現を“リアル”という言葉じゃないところに持っていこうかなと。
──あくまでも『クーロンズ・ゲート』らしさにこだわるわけですね。
井上氏:僕らにしか出せない絵、僕らっぽい絵を作ろうと。逆に怖くもありますけどね、認めてもらえるかどうか。散々叩かれた時代もありましたし。でもクラウドファンディングをして「ああ、求めてくれてるものが一致したんだ」と。
──音楽面に関するこだわりも、伺ってよろしいでしょうか。
吉岡氏:通常のゲームは、ステレオやモノラルの音源を画面の中に配置してってことなんですけど、今回はVRなのでビジュアルがそもそも平面ではないんですよ。専門的な話になりますが、バイノーラルといいう方法がありまして、そのマイクを使って集音すると距離感を感じられる音が録れるんですよ。ですがゲームなので、なかなかそういったものは用意できないんです。
実はアンリアルエンジンの中には、3Dの音源を再現するシステムも入っているんですが、ちょっとパフォーマンスを食うのが困りものでして。
──なるほど、難しい問題ですね。
吉岡氏:そこで簡易的に、持ってくるのはステレオの音源なんですけど、エフェクトを使ってバイノーラル風な効果を足すというやり方を試みています。これで何をしたいのかと言えば、部屋を表現したいんですよね。
残響を足せばいいかと言うとそうではなく、これではただ響いているだけなんです。なので、バイノーラルのエフェクトを使って、広さとか大きさなどを音で表現出来る感じがしています(笑)。物がその場所で発している音と、空間全体で発している音、その2つの要素でデザインしていくつもりです。
今までの「画面の中でただBGMやSEが鳴っている」といったものではない、違う音の鳴り方をしているので、そこにも注目して欲しいですね。
──音による空間表現のアプローチも見どころのひとつですね。
吉岡氏:あっでも、ホラーじゃないですからね(笑)。
──ホラーじゃないというのも、大事なポイントのひとつですね(笑)。それでは次に、開発で特に苦労している点などを教えてください。
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井上氏:以前の体験会で用意したものは、Oculus Rift版だったんですよ。そのため、スペック的にはすごく高いものが出せたんですが、PSVRになった時に色んな問題があり、制約が大きかったんです。
ですが、それで「ローポリになっちゃったね」ではなく、それなりの工夫をして映像を出しています。ちなみに絵作りに関してはまだ6割7割くらいで、今後さらにブラッシュアップしていきます。
吉岡氏:あとは、今のところオンスケジュールで来ていますが、走りながら仕様を作ってブレイクダウンしているので、「この仕様を追加するのにモデルがこのくらい必要」といった具合に膨らんでいくため、当初考えていたスケジュールと比べるとどうしても増えていってますね。
井上氏:ただ、少ない人数でやっているおかげで、回収しやすい部分でもあります。フットワークもいいですし、意思疎通も迅速。ちょっとやってみて、ダメだったら「やめよう」という決断も早いですしね。だから、スタッフロールも短いですよ(笑)。
──小規模ならではの強みですね。
吉岡氏:タイミングを逸さず出したいですね。
井上氏:旬を逃さないために「切り取って売る」というというのも、僕らとしてはチャレンジですね。(このやり方を)業界で試してみたいなというのがありまして。この売り方がありなのかなしなのか。全部作った完成形を3~4年後に出しても、ユーザーさんは忘れているわけですよ。だったら、旬の頃にパンパンパンと出していった方がいいかなと。
──せっかくの20周年ですからね。お祝いという意味でも、このタイミングで出したいですよね。
吉岡氏:予想はしてましたが、20周年のタイトルって他にもいっぱいあるんですよね(笑)。「こっちもか、そっちもか」みたいな。
──確かに多いですね(笑)。そう考えると、ゲーム業界の歴史というか、歩みを改めて実感しますね。
井上氏:コンシューマーゲームという業界に僕らのような、インディーズでもない中間層がスポッと入れる時代なんだろうなと思います。国内はなかなかインディーズに厳しいので、そこの風通しを僕らで良くしたいなと。
その意味では、『クーロンズゲートVR suzaku』そのものだけではなく、プロジェクトの在り方にも注目してもらえると嬉しいですね。前回のインタビューでお話させていただきましたが、VRというのものに長く取り組んでいるので、僕らはビジネスというよりも、このコンテンツが世の中にどう出て行くのかを表現したいなと思っているんです。
吉岡氏:インディーズのような環境でもメジャーなタイトルをやれるんだよと、業界に投げかけていきたいですね。
井上氏:資本力がなくとも、クラウドファンディングを活用すれば資本力を生み出せますしね。そこで身の丈に合ったコンテンツを作り、そして売り方も考える。新しい人たちが続いていけるような未知を切り開けたら嬉しいですね。
若い子たち全員が『FF』を作るためにゲーム業界に入るわけじゃない。自分たちでオリジナルのゲームを作りたい。でも、有名シリーズのアプリしか作れなかったりするわけで。そんな状況に対して、新しい提案が出来たらなと思います。
──人数が少なくとも、これだけ話題性があるもの、影響力のあるものが作れると示すわけですね。
井上氏:成功例というか、ひとつのケースとして提示できればなと。広報に関しても、web関連の媒体さんに取り上げてもらって、あとはTwitterとFacebookだけでいいじゃん、みたいな(笑)。こまめにユーザーさんに返していった方が僕らっぽいよねって。
──では今後も、SNSにて情報を発信していくと。
井上氏:そうですね。あとは、パトロンさん用の情報公開ページがあるので、そこではもっと深い情報を提供していきます。
──本作のリリースも無論ですが、情報公開も多くの方が楽しみにしていると思います。
井上氏:一番楽しんでいるのは僕だと思いますよ(笑)。20年前にやれなかったことを、焼き直せるきっかけを今もらえているのかなと。
──『クーロンズゲートVR suzaku』というソフト単体だけでなく、制作のスタイルやアプローチなど、その全てを含めたコンテンツなんですね。それを、ユーザーさんと一緒に楽しむ、と。
井上氏:そうですね。「そこで一緒に遊ぼうよ」というスタンスです。
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