『ウマ娘』アストンマーチャンの姿に「Key」作品のヒロインが見えるのはなぜか?刹那の輝きと消えない跡

2022年10月11日、スマホ/PC向け育成シミュレーション『ウマ娘 プリティーダービー』に実装されたアストンマーチャンについて、あの名作との親和性について追いかけてみました。

ゲーム スマホ
『ウマ娘』アストンマーチャンの姿に「Key」作品のヒロインが見えるのはなぜか?刹那の輝きと消えない跡
『ウマ娘』アストンマーチャンの姿に「Key」作品のヒロインが見えるのはなぜか?刹那の輝きと消えない跡 全 12 枚 拡大写真

2022年10月11日、スマホ/PC向け育成シミュレーション『ウマ娘 プリティーダービー』に、新たなウマ娘としてアストンマーチャンが実装されました。

アストンマーチャンが同プロジェクトにて初登場したのは、2022年2月22日に公開されたアプリ版リリース1周年記念のスペシャルショートアニメです。

ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』1st Anniversary Special Animation

ウォッカ、ダイワスカーレット、ゴールドシップが火花を散らして模擬レースを走り、その姿を見守るキタサンブラックとサトノダイヤモンド、2人に語りかけるトウカイテイオーとメジロマックイーン……このシーンの流れでウロウロとした動きでやけにアピール(?)している謎のウマ娘として登場しました。

その後、ウマ娘1.5周年を記念したエクストラストーリー第2話「1.5周年記念2 ~視線は譲らない~」にゲーム内に初めて登場したアストンマーチャンは、ここでもその存在感を示していました。

トウカイテイオーが番組撮影を行っている背後でこっそりと見切れる芸を連発し、気が付いたテイオーに困惑と驚きの表情を浮かべさせてしまいます。

マーチャンが番組撮影に割り込んでいることに気が付いたウオッカとダイワスカーレットに注意され、ウオッカに説得されて退場した…と思わせ、再度カメラに写ろうとすると「こらっ!!」と二人に怒られてしまうという流れです。

ここまで「普通に登場して、普通に振る舞う」ということがなかったアストンマーチャンだけに、どのようなストーリー展開になるかは期待されていたが、まさかのストーリー展開で往年の男性ファンらの注目を集めることになってます。

以下の文章では、ウマ娘・アストンマーチャンのシナリオについてネタバレを含んだ文章になっています。読む際にはご留意していただきたいです。

◆アストンマーチャン 不思議な言動の裏にあるのは「死生観」

ウマ娘・アストンマーチャンの育成シナリオの序盤やウマ娘ストーリーでは、彼女の生い立ちに絡めながら、彼女の思考が読み解けるようになっています。

彼女の生家は病院で、幼い頃から病院を遊び場所としていたこともあり、女医である母親が受け持っていた患者たちとの交流を通じ、数多くの生死を目の当たりにしてきていました。

とあるタイミングで声をかけたおばあちゃんが、後日亡くなっていることにフっと気づき、自分の記憶力の無さ…それ以上に命の儚さや無力さを身近に感じながら成長していくことになりました。

そんな経験から、「全ての生き物はいつか必ず死ぬ。それは悲しいことではない。」と達観しながらも、「しかしその存在を忘れられることは悲しい。」という境地に幼いながらも達することになります。

この死生観は、その後の彼女を形作っていくことになります。

アリ、カラス、野良猫に名前を付けて愛着をもって接するアストンマーチャン。「出会ったら絶対に忘れません」とトレーナーに語り、ホワホワさんと名付けていたハトが死んでしまったときは、動画や写真に撮って誓いを立てるほど、生死の重みをシリアスに受け取っているのが彼女のキャラストーリーで描かれています。



先にも描いたようなテレビの前に(もっといえば絵コンテ・カットの中に)フワフワと登場したり、「自分の夢は、ウルトラスーパーマスコットになること」と真顔で公言して憚らないなど、その言動は奇行のようにすら見えるレベルです。

彼女は「消えない跡を残す」と心に決めており、「みんなの心に残り続ける」「生きた跡を残す」ことを求めてウマ娘としてトゥインクル・シリーズのレースを目指す…いえ、「マスコットを売るためにウマ娘としてレースに出よう」と考えるようになります。アストンマーチャンの育成シナリオをスタートしてすぐにあてがわれた導入部分だけでも、そんなことが気付けるかと思います。


とはいえ、トレーナーはおろか、友人のウォッカ・ダイワスカーレットにも気づかれず、フっとどこかへと足を運び、自分勝手に行動しがちな部分もみえてきます。特にデビュー戦前後の振る舞いを通して、「頼れる存在ではいられていないのが現状だ」とトレーナー(プレーヤー)は反省し、トレーニング以外でも彼女のサポートができないか?と行動することになります。

人形を作ってプレゼントしはじめ、着ぐるみ人形で町内を一周し、学園のまえにマーチャン像を作り上げ、事務員のたづなさんから一喝されるトレーナー。自分を盛り上げるための突飛・奇抜な行動にアストンマーチャン本人も大喜び、今後のレースにむけて頑張ろうと決心します。

「ほっといたらどこかへ行ってしまいそう」「生き急ぎ過ぎているような感じがする」と他キャラクターから評される彼女。もしかすれば、こういった行動の節々を見ていると、周囲のことをお構いなしにフワフワと自分の世界のなかで生きているような不思議系な女の子に見えるかもしれません。ですが先述のような彼女の深い死生観を知ると、その見方は変わってきます。

つまり、強烈な死生観を養ってあまりにも達観しすぎたがゆえに、「他人に頼る」という感覚が希薄になってしまい、自力でなんとかしようと自然に行動してしまいがちなのです。「いずれ死にゆくものなのだから、自分が頼れるわけがない」と感じさせるような冷たいリアリズムは、唐突な奇行ではなく当然の帰結となって彼女の中にあるのです。

ウォッカやダイワスカーレットらとの親しい姿が描かれていますが、自身の深い悩みについては決して2人には明かしていません(少なくとも描写されているなかにおいては)。このことからも分かるように、真に心を通わせて繋がりあう友人が彼女にはおらず、それが一層の浮世離れ感・孤独感といったムードを立ち込めさせているのです。

サイドテール、タレ目、穏やかな口調と柔らかめな物腰が相まってフワフワとした印象を与えがちですが、そのアクションはどれも突飛でインパクトあるものになっていることから、彼女の行動がある程度の計算によって裏打ちされているのも頷けるところです。

◆病院・急逝・一瞬の輝き 刹那に消えたアストンマーチャンを巡る物語

彼女を育成したトレーナー達にアストンマーチャンの不可思議な行動原理が知られていくと、「まるでKey作品のヒロインのようだ!」とSNSでも話題になりました。

Keyのヒロインというと、とある共通した出自や人物像をもった女性が登場します。特に『AIR』『Kanon』『CLANNAD』といった、京都アニメーションによってアニメ化された往年のヒット作品を知る人ならば、月宮あゆ、神尾観鈴、古河渚、伊吹風子といったヒロインたちの影をすこし感じることができるでしょう。

いちどその特徴をザックリと列挙してみましょう。

・病弱の女の子。重度の病気を患っていたことがあり、克服したうえで健常で日常生活に戻る(その後のストーリーで大きなフラグにもなる)
・病院暮らしが長かったこともあり、周囲とは違う言動をしがち。どこかズレている部分が散見される
・穏やかで緩い口調と言葉遣いを主にする
・いちど決心して行動を起こせば、なかなか頑として聞かない
・死地をさまよった経験もあって、死生観がとても深いヒロインもいる
・「どこか放っておけない」という印象から、主人公はヒロインと関わりをもつようになる

彼女らはいずれかのタイミングで病気などを患っていたり、病院にお世話になった経緯を持っていたり、加えて対面した人物ら(視聴者を含め)を驚かせる素っ頓狂なセリフ/間のある会話/浮世離れした感性を感じさせる言動を見せることがあるヒロインです。見るひとによれば「不思議ちゃん」「変人」といわれてしまうかもしれません。

アストンマーチャンのトレーナー(プレーヤー)はアイディア豊富・行動力抜群でありつつ、彼女らのフワフワとした言動や天真爛漫な振る舞いに振り回されがちというのも、どこかギャルゲーや恋愛シミュレーションゲームの主人公を感じさせてくれます。

なによりこの3作品の主題として描かれているのは、「生きること」についてです。『AIR』『Kanon』『CLANNAD』のヒロインら、月宮あゆ、神尾観鈴、古河渚の物語は、それぞれ「生と死」の重みをかなりハッキリとした形で、何よりマジカルな描写と設定を織り交ぜながら描かれています。作品のテーマ・メインストーリーとしても描かれる部分ではありますが、この3作品から「生と死」という部分は何よりも重要なファクターとなっているのです。

そうして「泣きゲー」とも評され、一大ムーブメントを生み出した『AIR』『Kanon』『CLANNAD』のヒロインらのインパクトは、特に00年代に美少女ゲームをプレイし、アニメを見ていたファンには抜群です。仮に彼女らのムードや質感を取り入れてシナリオライティングしていないとしても、プレイヤーがそういった空気感・雰囲気を感じ取ってしまうのはムリもないでしょう。

さて競走馬・アストンマーチャンの一生を振り返ると、いやがおうにも「近しいもの」を感じずにはいられないはずです。

・馬主は戸佐眞弓さん。女性馬主であり、しかも医者として病院勤務をしつつ馬主を務められていた。
・ファンタジーステークスでは左後脚が落鉄した(蹄鉄が剥がれ落ちてしまうこと。蹄が露わになってしまい大きなけがを呼び起こしかねない)状態でレコードタイムを記録。芝1400mのJRA2歳レコードを大幅に更新するタイムを計測する。
・牝馬三冠路線の初戦・桜花賞ではウォッカとダイワスカーレットに敗れ、短距離路線へとシフト。その後、ニシノフラワー以来史上2頭目となる3歳牝馬でのスプリンターズステークス制覇。
・その後数戦低迷したあと、突如体調を崩して出走を回避。2008年4月21日、馬特有の難病ともいわれるX大腸炎によって急逝。直前の3月に4歳になったばかりで、今後のレースに期待を持たれていたなかだった

馬主は病院に勤める女性医師、世代を代表する2頭の後塵を拝しつつも「一瞬のスプリント」ならば年上世代にも負けず劣らずの脚力を持ち、難病によってこの世を去って競馬ファンが惜しくも見送ることになったアストンマーチャン。

この競走馬をストーリーにするならば、どうしても病院・病・死生観、そして「刹那の一瞬の輝きをずっと覚えてもらうには?」といった部分に重きを置くのも頷けます。レース中に予後不良となってしまったライスシャワーやサイレンスズカも、ウマ娘のストーリーのなかでは「レース/観客と自分自身」の距離感・関係性に想いを馳せ、悩んでいる姿が描かれていることを踏まえれば、納得できる部分は大きいです。

「他人に頼る」ことや「誰かと繋がる」ことを知らないまま、「消えない跡を残す」「ウルトラスーパーマスコットになる」と決心したアストンマーチャン。

ですが春になると急に体調を悪くし、トレーナーに相談もなく出走レースを決め、ふいに「波の音」が聞こえてくるシーンが描かれます。トレーナーが悪い夢から目覚めてみると周囲のだれもが彼女を忘れている世界で探し回り、海辺の近くに立つ彼女をみつけ…こういったシナリオにある摩訶不思議なテイストも「泣きゲー」を感じさせる由縁でしょう。

競走馬のアストンマーチャンは4歳になってすぐに病気を患い亡くなっており、ウマ娘の育成ストーリーは「もしもアストンマーチャンが生きていたら?」というifストーリーとして描かれています。

恋愛シミュレーションゲームであればセンチメンタルに描かれがちな心模様は、このゲームにおいては執念・執着へと形を変えて丁寧に描かれています。トレーナーとともにどのような想いを巡らせ、どのようにして消えない跡を残していくのか。ぜひ自身の目で見届けていただきたいところです。


《草野虹》

福島・いわき・ロック&インターネット育ち 草野虹

福島、いわき、ロックとインターネットの育ち。 RealSound、KAI-YOU.net、Rolling Stone Japan、TOKION、SPICE、indiegrabなどでライター/インタビュアーとして参加。 音楽・アニメ・VTuberやバーチャルタレントと様々なシーンを股に掛けて活動を続けている。 音楽プレイリストメディアPlutoではプレイリストセレクター(プレイリスト制作)・ポッドキャストの語り手として番組を担当している。

+ 続きを読む

この記事の写真

/
【注目の記事】[PR]

特集

関連ニュース