アクションの肝となる“羽衣”は、作画・色指定・撮影の三位一体で実現ー『天穂のサクナヒメ』吉原正行監督と相馬紹二ラインプロデューサーが語る“ゲーム描写をアニメに落とし込む難しさ”【インタビュー】

テレ東系列ほかで2024年7月6日より放送中のTVアニメ『天穂のサクナヒメ』。本作を手掛けるP.A.WORKSより、監督の吉原正行氏とラインプロデューサーの相馬紹二氏へインタビューを実施。大人気の稲作アクションRPGは、どう1クールのアニメーションとして落とし込まれたのでし…

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アクションの肝となる“羽衣”は、作画・色指定・撮影の三位一体で実現ー『天穂のサクナヒメ』吉原正行監督と相馬紹二ラインプロデューサーが語る“ゲーム描写をアニメに落とし込む難しさ”【インタビュー】
アクションの肝となる“羽衣”は、作画・色指定・撮影の三位一体で実現ー『天穂のサクナヒメ』吉原正行監督と相馬紹二ラインプロデューサーが語る“ゲーム描写をアニメに落とし込む難しさ”【インタビュー】 全 16 枚 拡大写真

2024年7月6日よりテレ東系列ほかで放送中のTVアニメ『天穂のサクナヒメ』。

本作は、2020年末に発売されてから“令和の米騒動”と呼ばれる社会現象を巻き起こした、同名のゲームを原作としています。ゲームの開発を手掛けたのはインディーゲームサークル「えーでるわいす」。小規模なチームによって生み出されたゲームが1クールのTVアニメ化するのは、『ひぐらしのなく頃に』シリーズで知られる「07th Expansion」や、『月姫』『Fate/stay night』などで知られる「TYPE-MOON」に続く快挙であり、丁寧に作りこまれた“稲作”を軸とするゲームコンセプトが、それほどまでに多くのユーザーの心を打ったと言えるでしょう。



そんな本作のアニメーション制作を務めるのはP.A.WORKSです。富山を拠点とすると同社は、代表・堀川憲司氏が兼業農家として知られ、さらには『花咲くいろは』『SHIROBAKO』をはじめとする“お仕事シリーズ”といった、「労働」をテーマとするオリジナル作品を数多く手掛けてきました。原作ゲームのコンセプトをアニメーションで再現するには、これ以上ない適任といっても過言ではありません。

今回はP.A.WORKSより、TVアニメ『天穂のサクナヒメ』の監督を手掛ける吉原正行氏と、ラインプロデューサーを担当する相馬紹二氏へインタビューの機会を得ましたので、原作ゲームの持つ世界観をどうアニメーションへ落とし込んだのかをはじめ、本作ならではの制作エピソードについて色々と伺いました。

・吉原正行氏

P.A.WORKS 東京スタジオ(東京・小平市)に勤務し、同社の作画部長を努める。通称“大将”。P.A.WORKSの前身となる越中動画本舗の設立時(2000年)から参加し、当初は堀川氏とふたりのみの在籍だった。2013年に「有頂天家族」でTVシリーズ初監督。2023年にオリジナル劇場版「駒田蒸留所へようこそ」で監督を担当。

相馬紹二氏

P.A.WORKS 本社スタジオ(富山・南砺市)に勤務。「サクラクエスト」「クロムクロ」「SHIROBAKO」「有頂天家族」「駒田蒸留所へようこそ」など、同社が手掛ける数々の作品でラインプロデューサーを担当。

◆原作のメインストーリーをストレートに13話構成にしている

――本日はよろしくお願いします。まず『天穂のサクナヒメ』のアニメ化にあたって、制作のお話を受けた際のご感想について聞かせてください。

吉原正行:うちの会社の代表が兼業農家ということもあって、うちで制作するのに向いているかもしれないと率直に思いました。

――原作ゲームから、『天穂のサクナヒメ』という作品にどのような印象を受けましたか?

吉原正行:原作ゲームについては、アニメのご依頼をいただいてから買って始めましたが、僕が不慣れなので、プレイの大部分は隣にいる相馬にしてもらって、それを代表の堀川と僕が見るという時間を作っていました。作品を通して受けた印象は、とにかく「メインストーリーが素敵」と。これをストレートに13話のアニメとして構成することが、アニメ『天穂のサクナヒメ』にとっての一番だと分かりました。あとはどれくらいゲームプレイヤーから見た“あるある感”を入れていくのかというのが最大のポイントでしたね。

なので、いろいろ会議を重ねるなかで「ここからここまでプレイして、重要なスクショを残してほしい」という指示をゲーム好きのスタッフに出して、情報を洗い出していきました。制作後半になってくると、作品全体の中身が分かってくるので、「こういうシチュエーションでプレイしてみよう」「この技とこの技を繋げてプレイしてみよう」という具体的な要求を課すこともありました。

――主要スタッフの一部に、実際にゲームに触れてもらいながら制作を進めていったのですね。原作を手掛けるえーでるわいすは小規模なインディーズチームですが、アニメ制作にあたって、どう彼らとコミュニケーションを取りながら進めていったのでしょうか?

相馬紹二:まずシナリオにおいて、特に台詞の言い回しや、原作ゲームファンにとってこの要素はどういう意味を持つのかなど、やっぱり我々だけでは分からない部分がありますので、それは常にえーでるわいすさんにチェックいただいています。

とはいえ、えーでるわいすさんの方から「あれもこれも監修させてくれ」という指示があったのかと言えば、ほとんどありませんでした。一方でこちらからの提案に対して、非常に真摯に考えてくださった上で認めてくださったのが、非常にありがたかったですね。

――最初にお話をいただきましたが、P.A.WORKS代表の堀川氏は兼業農家として知られていますよね。その立場は、実際にアニメ制作へ活かされたのでしょうか?

吉原正行:何かわからないことがあれば、とりあえず堀川に聞いていました。ただ、問題がひとつあって……時代が違いすぎるんですよ(笑)

――それは確かに(笑)。作品で描かれている時代は昔すぎるんですね。

吉原正行:そうそう(笑)。それで、堀川も「じゃあ婆ちゃんに聞いてくる……!」って言うんですが、その婆ちゃんの世代よりもさらに古いんで、それはメディアに頼るほかなかったですね。

――つまり技術的なところはあまり参考にならずに、マインド的なものが活かされているという感じですかね(笑)。次に原作のゲームシステム部分の再現に関して、ゲームでは稲作パートとアクションパートが切り離されていますが、そちらはアニメ化にあたって大変なポイントだったのでは?

吉原正行:そこに関しては、ひとつのストーリーラインにシンクロさせるのはあまり苦じゃないんです。稲作の合間にフラッと探索に行かせてアクションを見せてと、それらを繋いでいくことは意外とできるんですけど、大変だったのは“時間経過”ですね。

ゲームではサッと一日で行う田植えを、同じようにアニメでも一日で表現していいのか、一方で一年近くかかるものをどこまで描くのかという落とし込みが最も難しかったです。

――その描きづらい時間経過を、より具体的にどう落とし込んでいったのでしょうか?

吉原正行:結局のところ、ゲームからの落とし込みが難しいところは違う表現へと変えています。「時間をかけてパワーアップした」という描写など、どうしても落とし込みが必要な場合は、王道のやり方ですが点描で表現したりもしていますね。あまりに細かい部分は、原作のストーリーを変えない程度に流れの組み立てを工夫して、時間差を相殺してしまうなどの対応もしています。

――次に相馬さんへお伺いします。ラインプロデューサーとして本作を手掛けるにあたって、どのように制作ラインを整えていったのでしょうか?

相馬紹二:吉原はP.A.WORKSの作画部門のトップにいてプロパーの監督なので、いかに社内の人員を作品の中で起用していくかというのがありました。その一環として、キャラクターデザインの藤嶋、総作画監督の水野は弊社所属なのですが、新しく挑戦をしてもらうという狙いも込めて抜擢しています。

また吉原が手掛ける作品では、そういった中堅・ベテラン層の人間だけではなく、新人スタッフにも参加してもらって現場の最前線で作画を学ばせています。そういった意味では、通常の作品よりは“社内を意識していたチームづくり”をしていると言えますね。

今回は中堅・ベテラン層が非常に頑張ってくれました。どうしてもスタッフの数は限られているなかで、アクションならアクション、キャラクターならキャラクターと自分が任された領域を死守してくれましたね。

吉原正行:それと原作ゲームを知っていて、かつ好きと話している子がチームへ加わってくれているのが、オリジナルをやるのと全然違う点ですね。

◆ゲームに存在する表現をアニメーションに落とし込む苦労

――原作ゲームの持つ、昔ながらの日本の雰囲気をアニメーションで表現するにあたって気を払った点はありますか?

吉原正行:それは今回美術を手がけてくれたスタジオ・イースターさんが、キチっと舞台設定を把握したうえで絵づくりをしてくれたことが一番大きいんじゃないかなと思いますね。

既にゲームで色んな背景美術が用意されているなかで、アニメーションとしてどういう世界観でそれらをまとめ直すのかというのは、すごく難しいことなんです。しかし、最初にオーダーして出してもらった一発目のイメージボードの時点で、「これでやれそうだよね」というクオリティだったので「それでお願いします!」って感じでした。

――もう一点、気になっているのが“羽衣”です。色んなパターンがある“羽衣技”がゲームにおけるアクションパートの肝になっていますが、こちらの再現も苦労されたのでは?

吉原正行:とにかく難しかったのは、ゲーム内に3Dアニメーションが存在しているところからのスタートだったので、2Dアニメーションでできること・できないことを考慮しながら、それとどう向き合っていくのかでした。

最初は羽衣を3DCGにしようかとも考えたんですが、“クミ”が発生しちゃうので2Dアニメーションとの相性が良くないんですよ。3Dのものを2Dのキャラクターが掴む、みたいな表現が厄介でして、それだったらキャラクターの手まで3Dにした方が実は効率が良かったりもするんです。そういう点も加味しつつ13話を作らねばならないことを考えたら、すべて作画で押し切った方がいいだろうという判断になりました。ということで羽衣は作画しているのですが、色指定と撮影班が手間をかけて処理を加えています。

吉原正行:サクナヒメを普通に作画して、その上に透けさせた羽衣を作画するというやり方が量産しやすいので、作画班はそのやり方で押し切ってもらったうえで、仕上げの行程では中に書かれているラインをすべて消してもらって影色指定を一回してもらう。そういった下処理をしたうえで、撮影班が羽衣にマスクをかけて処理をいれて……と、作画・色指定・撮影の三位一体で何とか対応したという形ですね。

――なるほど、それは実際にアニメーションを手掛けられている立場でないと分からない苦労ですね。それ以外にも、ゲームの要素を再現する上で難しかったものはありますか?

吉原正行:簡単だったのはすぐ思い浮かぶんですけどね。ココロワヒメの歯車などは「作画ではできない」となっちゃうので。

吉原正行:……それで言うと難しかったのは“デザイン”ですね。何枚も描いてアニメーションとして動かすには、ゲームで描写されている各デザインの情報量を減らす必要がありました。そういうバランス取りをするのに、サクナヒメだけでも3パターンの設定を作っています。“アップ”で描写される時は、ゲームと同じボリュームでデザインをしているんですが、“ミドル”という、同じデザインのようでよく見たら簡略化されている設定も用意しています。

さらには、ほとんど色とデザインセンスだけで認識させるような“ロング”という設定も用意していまして。そういった3種類のデザインパターンを、キャラクターが映るカットのサイズによって使い分けています。そこがゲームと対峙するうえで、最も苦労したポイントですね。

――ゲーム上のキャラクターデザインをアニメーションに落とし込むだけでも、それほどの苦労があるのですね。

吉原正行:色の表現もそうなんですよ。例えば、白い部分に情報量が盛られていると簡略化しづらいですよね。それをどう原作の要素を残しながら調整するのかは、シチュエーションで色替えまで持っていき、そのうえで情報量を少し減らして動かしやすくする“原付バイクの二段階右折”のような手順を踏むのがアニメーションには必要なんです。

◆スタッフたちのキャラクターの解像度を高めた声優の演技

――いまデザインのお話を色々お伺いしましたが、もっと踏み込んでキャラクターへ命を吹き込む上で、こだわられたポイントについても教えてください。

吉原正行:キャラクターへ命を吹き込むというのは、8割は役者さんによるものなんです。アニメーション制作も半ばになると“アフレコ”が始まるんですが、彼らのキャラクターに対する想いなどが、たった一言の台詞のトーンに現れます。例えば「おはよう」という挨拶でも、役者さんによってどのように変わるかは収録をしてみるまで分からない。それにインスパイアされて作画を後追いするパターンもあります。

――アニメーション制作では、アフレコの内容に制作側が後押しされることはよくあることなんでしょうか?

吉原正行:本来は逆であるべきなんです(笑)。絵をすべて用意したうえで命を吹き込んでもらうべきなんですが、この業界はそれが何年もできていません。間に合わないんです。

――おっしゃる通り、絵コンテをもとにアフレコをすることも珍しくはないですよね。

吉原正行:なので、役者さんは台本の流れから想像しながら命を吹き込んでいる状況なんですよ。もちろん音響監督として「そのシーンは、そういう演技のラインで作っていません」と言うこともありますが、「なるほど、そういう解釈をされましたか。ではその演技を、絵でも何とか反映できるようにします」と後追いをすることは結構あります。

吉原正行:でも実は、このようなシンクロのさせ方はあまり良くないんですよ。役者さんの演技に作画が加担するようになっちゃうと、ケーキに砂糖をかけるような事態になりかねないんです。これは音楽も同じことで、声・音楽・作画は相互バランスを考えないと、この3つが「さぁ甘くするぞ!」ってやっちゃうと視聴に耐えられないものになってしまいます。

――アニメーション制作においては、積極的に取り入れるべき手順ではないものの、『天穂のサクナヒメ』においては効果的に作用していると解釈してもよろしいのでしょうか?

吉原正行:そうですね。本作の場合は、役者さんがゲームで一度アフレコを経験されていますよね。むしろ僕らよりもキャラクターへの理解度が高いので、現場でも僕の方が「なるほど」と教わることが多かったですね。

――これがオリジナルアニメだとリスクが大きいのですね。踏み込んだことをお伺いするようですが、P.A.WORKSさんは今クールに他2本も作品を手掛けられていて、外部から見ても制作ラインがかなりカツカツに見えます。

相馬紹二カツカツです……(笑)。ただこの間に発表はしたのですが、すべて納品まで終わっていまして。実制作という点で、たくさんのラインが動いていたのは去年になります。

相馬紹二そんななかでも一個だけに注力するようなことはせず、どの作品も大事にしないといけませんので、各ラインのプロデューサー同士でスケジュールや人員のやり取りをかなり細かく、時には駆け引きもしながら一年間やり続けて、作品を成立させるまでは達成できたのかなと思っています。なのでクオリティに関しては、ご安心いただいて大丈夫です。

――それは良かったです。最後にゲームから『天穂のサクナヒメ』を応援しているファン、アニメから本作に触れる方々に向けてメッセージをお願いします。

相馬紹二アニメ『天穂のサクナヒメ』は、全部が全部ゲーム通りというわけではないのですが、僕らもその王道的なストーリーに惹かれて作品づくりに取り組ませていただきました。原作のストーリーラインを遵守しながら、かつゲームをプレイした方にも新しい発見や体験が楽しめるようになっているので、そこは安心していただきたいですね。

アニメから本作に触れる皆さんにとっては、ストーリー展開が少しスロースターターかもしれませんが、ちゃんと積み上がっていった先に感動が待っている王道的な作品になっていますので、稲作のように長い目で楽しんでいただければと思います。

吉原正行:長い時間をかけてプレイして、既にゲームを楽しんでいる方に向けては、その体験してきたコンテンツがアニメーションという短い時間でどう昇華したのかを楽しんでもらいたいですね。どういう意図でアレンジが行われたのかも、ゲームをプレイされていたら分かるんじゃないかという気がします。

アニメがきっかけで、これから『天穂のサクナヒメ』に触れる方には、P.A.WORKSで言う“お仕事シリーズ”を見る感覚で、安心してご視聴ください。


豊穣神・サクナヒメが「稲作」や「人々との共同生活」などを通して、大きな成長を遂げていくTVアニメ『天穂のサクナヒメ』は、テレ東系列ほかにて2024年7月6日より放送中です。

公式サイト:https://sakuna-anime.com/

<取材・執筆:矢尾新之介/撮影:小原聡太>

©えーでるわいす/「天穂のサクナヒメ」製作委員会

《矢尾 新之介》

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