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安田
前回、『モータルコンバット』を例にアメリカのゲームは時に残酷に見える。日本人の感性としては抵抗感があるという話を平林さんはしていましたが……。
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残虐表現も特徴な『Mortal Kombat』シリーズ最新作
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残虐表現も特徴な『Mortal Kombat』シリーズ最新作
平林
はい。
安田
逆から見ますとね。アメリカをはじめとする西洋の価値観からすると、日本のゲームやアニメの女性の表現、特に少女の描写に抵抗感があるそうですね。海外のゲーム会社の方から言われたことがあります。
平林
ええ。私も似たようなことを言われた経験があります。児童ポルノ規制が日本は緩いと指摘されて久しいですし。見る目は厳しいですね。けれども……私はもちろん児童ポルノを容認してはいませんけれども、外国の規制は厳しすぎるとも思うんです。確かイギリスでしたか、水浴びをしている孫の姿をおさめた写真を保存したパソコンを修理に出したら、児童ポルノ所持の容疑で逮捕された祖父がいたとか。
安田
ああ、そんなニュースが話題になったことがありましたね。
平林
あと、海外で暮らすことになった私の友人たちの間では、外務省海外安全ホームページが話題になったこともありました。
安田
何のことですか?
平林
そこには海外で住む日本人への注意事項が書かれているんです。『とある先進国に在住の邦人一家。現地校に通っている娘さんが、作文に「お父さんとお風呂にはいるのが楽しみです。」と書いたところ、学校から警察に通報され、父親が性的虐待の疑いで逮捕されてしまった。』……『家族で撮った写真のフィルムを現像に出したところ、子供が入浴している写真があるということで、警察に通報され事情聴取を受けた。』(ママ)などの事例が紹介されています。グローバル化と言われていますけれども、こういう価値観を日本人は意外と知らない、知っても納得しにくいなと思うんです。日本とは逆で、暴力には寛容なわりには、少女の描写については厳格なのが西洋の道徳観念なのかもしれません。
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日本は少女の表現には寛容な傾向 画像は『閃乱カグラ』
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日本は少女の表現には寛容な傾向 画像は『閃乱カグラ』
安田
日本的な少女の描写が是か非かはさておき、日本人は女性観においてもおそらく独特なはずで。他の国とはずいぶんと違うんじゃないですかね?
平林
やはり一番象徴的なのはアマテラスの存在でしょうか。世界の神話のなかでもいわゆる最高神が女性なのはかなり珍しいと聞いたことがあります。
安田
女神を崇拝することは日本神話の特徴でしょうね。つけ加えると女性を敬うのみならず、一緒に登場する男性のポジションが他の地域の神話とはずいぶんと違います。神話に出てくる古代の日本の男たちは欠点を抱えていることが多いですね。概して子供っぽくてかわいらしくて。けっしてスーパーヒーローは出てこないです。これは俗に母系社会などと言われますが、女性が社会や家族の中心にいたことを示しているのかもしれません。
平林
いわゆるハリウッド映画的な。マッチョで無敵なヒーローは日本の神話には似合いませんね。
安田
そうです。古事記に登場する国譲りの神、オオクニヌシは大国主と書きます。大いなる国の主(あるじ)です。名前は立派です。けれども子供時代はいつも兄たちにいじめられていました。八十神(やそがみ)といってたくさんの兄弟がいたのですが、遠くに出かけるときにオオクニヌシは、兄たちの荷物を全部に持たされていました。
平林
使いっぱしりの元祖みたいなものですね(笑)。
安田
荷物を持たされるどころか、とんでもない意地悪もされます。兄たちは山に登って、イノシシに似た大きな石を火で真っ赤に焼いて、それを山の上からオオクニヌシを目がけて転がすとか。
平林
ひどい。
安田
兄たちからイノシシと戦えと言われていたオオクニヌシは、愚直にも石に立ち向かうのですが、死んでしまいます。
土本
死んじゃったんですか?
安田
はい。けれども神話では、息子の死を嘆いたお母さんが高天原に行って、ミムスヒノカミ(神カ産巣日神)に相談して治療したら生き返りました。
平林
赤貝とハマグリでしたっけ?
安田
古事記ではキサガイヒメとウムギヒメという神様が派遣されてオオクニヌシは蘇生できたことになっていますね。キサガイヒメは赤貝、ウムギヒメはハマグリを神格化したものと解釈されています。
土本
生き返ったんですね。よかった。
安田
それでも兄たちは相当しつこいです(笑)。今度は、オオクニヌシをだまして山に連れて行きます。そこでは、切り倒した大きな木の間に挟まれてオオクニヌシはまたまた死んでしまいました。
土本
あらら。
安田
ひどいいじめにあっているわけですが、このときも母が生き返えらせてくれました。もうこんなことの繰り返しで、オオクニヌシは何度も何度も痛い目にあっていますが、その都度、母に助けてもらってだんだんと成長していきます。
平林
なんだか『ドラクエIII』の母親を連想させるようなストーリー展開ですね。息子を励まして、たまにヒントを出して息子を助けて、ヒットポイントも回復できる……。
安田
そうです。古事記に書かれたオオクニヌシの物語は、母と息子の成長物語でもありますね。
平林
西洋からの目線だと、日本のゲームの少女の描写に違和感があるという話でしたが、それと同じように母親と息子の描写もあやしいですね。実例を知らないので、予想を言ってしまうのですが、『ドラクエIII』のような母親と息子の関係は、西洋ではどこまで通用するのか。もしかしたら、べったりとしすぎていて気持ち悪いと思われてもしかたないような気がします。
安田
ゲームでも映画でも西洋的な文脈で考えれば、完全無欠な強い男性が弱い女性を助けるというのが、きわめて自然な物語の流れでしょうね。オオクニヌシのように、いじめられっこで、お母さんにいつも助けてもらった神様というのは、なかなか理解してもらえないかもしれません。
(つづく)
■パーソナリティの紹介
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安田善巳 (やすだ よしみ)
角川ゲームス代表取締役社長、フロム・ソフトウェア代表取締役会長。日本興業銀行、テクモを経て、2009年に角川ゲームスの設立に参画。経営者でありながら、現役のゲームプロデューサーとして『ロリポップチェーンソー』『デモンゲイズ』などを手掛け、現在は『Projectcode -堕 天-』『Projectcode -月 読-』の開発に取り組む。
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平林久和(ひらばやし ひさかず)
インターラクト代表取締役社長。ゲーム黎明期の頃から専門誌編集者として従事。日本で唯一のゲームアナリストとしてゲーム評論、ゲーム産業分析、商品企画などの多方面で活躍してきた。著書に『ゲームの時事問題』『ゲームの大學』(共著)など。「今のゲームを知るためには、まず日本を知ることから」が最近の持論。