本公演の開演前、『エストポリス伝記II』の音楽を担当した作曲家の塩生康範氏に、同作の音楽制作秘話や、近年作曲活動を再開したことについてお話をうかがう機会を得ました。

塩生康範氏 プロフィール Yasunori Shiono
TABプロダクション・サウンドクリエートチーム所属の作曲家。ゲーム制作会社・ネバーランドカンパニーで多数のゲーム作品の音楽を担当した。代表作は『エストポリス伝記』、『エストポリス伝記II』、『エストポリス伝記 ~よみがえる伝説~』、『カオスシード~風水回廊記~』、『エナジーブレイカー』、『フロンティア ストーリーズ』など。2014年、『紅蜘蛛/Red Spider』で作曲家として復帰。
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―― 今回、MUSICエンジンさんが『エストポリス伝記II』(以下『エストII』)オンリーの演奏会を開かれるということで、率直なご感想をお聞かせいただいてよろしいですか。
塩生 もう、本当にありがたいことです。『エスト』の1作目が出たのが23年前(1993年)ですからね。僕、ネットでいろんな方々が『エスト』の音楽を演奏してくださっているのを拝見して、本当にありがたいなと思っていたんですよ。そういった方々の中に、今回の演奏会を開いてくださった河合晃太さんたちもいらっしゃったんです。こういった形で『エスト』の音楽を演奏してくださるということに、本当に感謝の気持ちでいっぱいですね。『エスト』という作品の音楽を作って良かったと思います。
―― やっぱり、作曲者ならではの喜びがあるわけですね。
塩生 はい。というか、当時『エスト』の音楽を作っていた頃は、こういう風な状況になるなんて思ってもいませんでした。
―― まさか演奏されるなんて!と。
塩生 ええ、演奏されるなんてまったく思っていませんでしたからね! 今回の前にも、別の所で演奏されているのを拝見させていただいたことがあったんですけど、その時には泣きました。ですから、今日の演奏会はちょっとヤバいですね。
―― そうですね。いち『エスト』ファンの僕からしても、40曲にものぼる楽曲を演奏してくれるというのは、たまらないです。
塩生 そうですよね。
―― 2015年に開催されたゲーム音楽フェス「4starオーケストラ2015」でも『エストII』の楽曲が演奏されていましたが、そちらもお聴きになったのでしょうか?
塩生 はい、拝見させていただきました。当時『エスト』を一緒に制作していた宮田さん(『エスト』シリーズのディレクター・宮田正英氏)とも、「本当にありがたいことだよね」って話しています。
―― 『エストII』の音楽を作曲した当時の思い出はありますか?
塩生 そうですね……『エストI』の時は、私は初めてスーパーファミコンの作品に携わったものですから、どちらかというと手探りで作り上げたような感じの音楽だったんです。その後『エストII』の制作に取りかかる時に、そのへんを踏まえて、もうちょっと音質や全体的な雰囲気を絡めながら作っていましたね。『エストII』は物語もだいぶパワーアップしているので、それに対して負けないような雰囲気作りをしないといけないなと思って作曲に取り組んでいました。
―― 宮田さんからは、音楽に対してのオーダーは何かあったのでしょうか。
塩生 彼のほうからは、あまりそういうのは無かったんですよね。彼とは「塩ちゃん」「宮ちゃん」って呼び合ってるんですけど、「塩ちゃん、今回の町の曲は、これこれこんな感じで。町っぽく」とか、「城っぽく」とか、そういう感じでくるんです(笑)。
―― わりと、ざっくりしたオーダーだったんですね(笑)。
塩生 ええ、ざっくりだったんですよ。まあ、「自由に書いていいよ」っていうふうに言ってくれていたんだとは思うんですけどね。こちら側からは、「どちらかというと、細かい情景が浮かぶような資料がいただけると助かる」というのは言ってたんですけど。
―― 確かに、そのほうが音楽を作りやすくはありますよね。
塩生 でも、お互いに「ぽく」「ぽく」「ぽく」って(笑)。それだけでなんとか作り上げました。笑い話なんですけどね、本当に。
―― 塩生さんの中で、『エストII』の音楽で特に思い入れの深いものはありますか? ファンの方からは、「地上を救う者」や「未来へ」の人気が高いようですが。
塩生 そうですね。やっぱりエンディングに絡みますから。あのシーンって、最後のほうの情景があって、カットオフ(※)になって、主人公のマキシムが「教えてください!」って言った後、そこから「地上を救う者」が流れ出すじゃないですか。あのへんは鳥肌が立つんですよね!
※カットオフ …… 音楽を意図的に止めること。
―― そうですよね!
塩生 ああいった演出は、宮田さんのセンスなんです。
―― 音楽をシーンに当てていたのは宮田さんなんですね。
塩生 そうですね、曲の流れるタイミングとか。「地上を救う者」は、エンディングの状況について「こんな感じになる」っていうのを聞いて作ったので苦労はしてないんですけど、どちらかというとオープニングの曲が苦労しましたね。
―― 「審判の時」ですね。
塩生 はい。あのオープニングの作りって、最初は、2分くらいの……2分も無かったのかな。まあ、よくあるオープニングでダーッと流してドンで終わる、っていうような感じだったんですけど、いろいろ追加があって。宮田さんから「ちょっとイベントの尺が伸びたから、曲も伸ばしてくれる?」って言われて曲を伸ばして。また「ちょっと伸びたから」で伸ばして(笑)。その時は、最後にディオスが出るところまでまだ行ってなかったんじゃないかな。
―― 少しずつ足して足して、という形だったんですね。
塩生 はい。曲が、小節小節に分かれていろんな人物が出てくるところはもうどうしようもないので、抜いたり、何かを足したりして。メインのベースのフレーズに関しては変えずにそのまま行ってるんですよね。お聴きいただくとわかると思うんですけど。たぶん最初に作ったのが、「ジャーン」で終わりだったと思うんですよ。何小節目かは覚えていないのですが、モチーフを2つくらい作って、そのモチーフが出て終わりだったんです。でも尺が伸びましたから、それのまあ言ってみれば切り貼りみたいな形で作って。そして最後にディオスという感じだったと思います。これがかなり苦労しましたね。
―― だいぶ苦労された楽曲だったんですね。
塩生 うーん、曲自体というよりも、間を繋ぐのがつらかったですね。
―― その苦労も含めて、思い入れがある形でしょうか。
塩生 ええ。まあ、どの曲にもみんなありますけどね!
―― そうですよね。先日改めてサントラを聴き返していたのですが、どの音楽もやっぱり良いなぁと改めて思いました!
塩生 ありがとうございます!
―― 多くの根強いファンに愛されている『エスト』ですが、塩生さんが思う『エスト』の魅力はどんなところだと思いますか?
塩生 やっぱり、出てくる登場人物のカラーがすごく良いですよね。まあ、個々の人物にテーマ曲はついていないんですけど……ハイデッカくらいですね、曲がついているのは。ですけど、状況状況によってパーティーが色々変わっていくのが、とても色が出ているゲームだと思うんですよね。だから、音楽もつけやすいっていうのがありましたし。
―― 登場人物の心理描写も、非常に丁寧に描かれていますからね。
塩生 そうですね。
―― ハイデッカといえば、オープニングでハイデッカが登場するシーンで塩生さんのお名前が出るんですよね。
塩生 そうなんですよ! たまたまなんですけど(笑)。でも彼に惚れてしまいまして、そこのシーンのところを切り取って、彼の曲を書いていましたね。
―― ああ~(笑)。再販版サウンドトラックのライナーノーツにも綴っていらっしゃいましたね。
塩生 はい。オープニングのところのモチーフを食ってしまったという(笑)。
―― ここからは、現在の活動についてお聞きできればと思います。塩生さんは、一昨年に『紅蜘蛛』という作品で約10年ぶりに作曲活動を再開されましたが、どのようなご心境の変化があったのでしょうか?
塩生 私は現在、父と一緒におそば屋さんをやっておりまして。そばを打ち出すようになって気づいたのですが、そばの技術の流れというのが、曲を作る感覚に似てるんですよね。工程があって。それをやり始めていたら、「曲やりたくなったなぁ」ってなにげなく思ったんです。で、以前勤務していたネバーランドカンパニー関係の人たちに会って、「YouTubeにアップする形で音楽を出したらどうだろう。今からでも出来るかな?」という話をしたら、「うん、どんどんアップして、前に攻めていかないとダメだよ」と言われて。「じゃあ、やってみよう!」と思ってYouTubeのほうに、象の映像の「オレンジエレファント」という形で動画を出したんですよ。
―― 何曲かのサンプル動画をアップされていましたね。(動画はこちら)
塩生 はい。で、その動画を出したと同時に、今お付き合いさせていただいている『紅蜘蛛』の作曲のお話が来たんですよ。その方はもともと『エスト』が大好きで。「『エストポリス伝記III』応援ページ」というウェブサイトも出してもらっている方なんですけど、その方から「今度、こういうゲームを作りますので、どうですか」という形で、もう偶然、僕が動画を出したのとほぼ同時にお話が来て。「ありがとうございます、じゃあやらせてください!」ということでやりはじめたのが『紅蜘蛛』なんです。
―― うまくタイミングが合ったんですね。
塩生 そうですね。『紅蜘蛛』のおかげで、作曲家としてまた復活できた形です。
―― 今後、どのような音楽を作っていきたいですか?
塩生 そうですね……今までの私のイメージが『エスト』という形でありましたので、今回『紅蜘蛛』のほうでは私のよく言われる“塩生節”的なものも入れてるんですが、ちょっと違う形で広がっていければなぁと。“塩生節”を入れつつ、もうちょっと広く、いろんなジャンルを取り入れてやっていきたいなと思っています。
―― 今までの塩生さんのイメージをベースに、よりいろんな形で音楽を作っていきたいということですね。
塩生 そうですね。おかげさまで今、ほとんど打ち込みなんですけど、いろんな技術が上がってきていますから。どんどんエッセンス的なものを刺激されるものがいっぱいあるので、それを使って、いろんな形で曲を書いていければなと思っています。

現在、塩生氏と、『エナジーブレイカー』や『パズル&ドラゴンズ』などの音楽を担当した中島享生氏のお2人が書き下ろし楽曲を提供した同人ノベルゲーム、『紅蜘蛛/Red Spider』シリーズがリリースされています。ご興味をお持ちの方はプレイしてみてください。また、シリーズの完結編に相当する『紅蜘蛛3/Red Spider3』が現在開発中で、こちらにも両氏の最新書き下ろし楽曲が提供されることになっています。
『紅蜘蛛/Red Spider』シリーズ公式サイト