『Microsoft Flight Simulator』現役プロパイロット達が行く難関空港着陸チャレンジ「趣味で飛ぶ時とプロとして飛ぶ時の判断の違いに気づきました」【特集】

またまた登場の『MSFS』現役プロパイロット対談、第三弾。今回は着陸チャレンジリベンジ編として、ただ飛ばすのではない、プロならではの地上での入念な飛行準備からお見せします。

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『Microsoft Flight Simulator』現役プロパイロット達が行く難関空港着陸チャレンジ「趣味で飛ぶ時とプロとして飛ぶ時の判断の違いに気づきました」【特集】
『Microsoft Flight Simulator』現役プロパイロット達が行く難関空港着陸チャレンジ「趣味で飛ぶ時とプロとして飛ぶ時の判断の違いに気づきました」【特集】 全 27 枚 拡大写真

Microsoft Flight Simulator(以下MSFS)』は、航空機フライトシムにおいては特に歴史のあるタイトルのひとつ。全世界のファン待望のシリーズ最新作が2020年8月18日、およそ14年ぶりにリリースされました。

前回、こちらの記事で現役プロパイロットである筆者が、同じく現役のビジネスジェット機長からVIPも御用達である世界各国の空港にまつわるお話を伺いました。その際、訪れた米国空港の中にTFFJ別名セント・バーツ空港があったことを覚えていますか?……そう、世界で最も危険な空港の一つであるセント・バーツです。『MSFS』に限らず多くのフライトシマーたちが散っていった伝説の滑走路を……。

↑ 前回の記憶

あの時の雪辱を果たさねばなりません。

そこで今回の企画はVFR*着陸チャレンジ第一弾。前回クラッシュしてしまったTFFJ空港で、同じ飛行機DA40 NGを用いての再挑戦です。ゲストにはまたまたglexdriverさん(以下、GD)をお呼びして、筆者の操縦画面を共有しながら2人で挑みます。そして今回はただ飛ぶだけでなく、プロならではの詳細極まる準備の段階もお見せしていけたらと思います。

また、今回は記事末に簡単な用語集を試験的に設けてみました。「いつも専門用語にまみれた啓蒙*の高い原稿が送られてくる……」と編集部からやんわり暖かなお言葉を頂いたので、ワークロードを下げるための導入です。記事中に出てくる単語で「*」マークがついているものは記事末の用語集に説明があるので、あわせて確認してみてください。今回は内容上、それでもわからない部分も多々あるとは思いますが、筆者たちの専門的な打ち合わせの空気を感じていただければと思います。

用語集を導入したのだから、もう専門用語全力全開しても良いですよね?なぜ首を横に振るんです編集部どの?



――さて、GDさん今回もよろしくお願いします。いつもお仕事の合間を縫って、企画にお時間を頂き本当にありがとうございます。

GDこちらこそよろしくお願いします。いえいえ、私も楽しませてもらっていますよ。それでは早速やってまいりましょうか。でも本当に前回と同じTFFJ空港で良いんですか?ここよりもっと難しい空港にしませんか?

↑前回の記憶 2

――いやいや、まずはリベンジさせてください。上記映像の通り、前回のクラッシュは操作の調整を誤り、予想に反して機体が深く降下した結果によるものでした。このままではプロどころか有資格者としての名折れ……今回は準備の段階からやってまいりましょう。

GDあはは、わかりました。

TFFJリベンジ:準備編



上空からの空港の図。今回は滑走路10から28の方向に向けて着陸することになる

――さてやってまいりましたTFFJ空港。ここでは準備フェーズということで機体パフォーマンスの側面から、そもそもここでの運航は可能なのか?ということについて調べていきます。もしここで離着陸不可能であると発覚すれば、前回の僕のアレは無理からぬ話ということにもなりますし。(予防線)

GD私の方で機体のマニュアル*空港のAIP*を用意しました。これらを用いて、離着陸に必要な距離が、利用可能な滑走路の距離内に収まっていることを確認する必要があります。もし「使用距離 > 利用可能距離」ということになると、先ほど仰られた通りその空港への運航は不可能ですね。なお、この使用距離に影響を与える要素には「機体総重量」「気圧高度*」「気温」「風向風速」といったものがあります。ひとつずつ確認していきましょう。


――最初は機体の総重量からですね。もともとの機体にパイロット、乗客、荷物、装備類や燃料など全ての重さが搭載された総量を調べていきましょう。ところが『MSFS』だとスマートメニューから設定できてしまうので、今回はこちらで調整していきますね……そうすると我々パイロット2人と燃料満タンという設定で機体総重量は2,472 lb(重さの単位ポンド)となりました。

ちなみに横にある2,822 lbという数字は最大離陸重量の制限値を表します。この制限値よりも総重量が上回ってしまうと、性能通りに離陸することができません。むかしリック・ドムみたいなスタイルの友人が自身の体重を鯖読みして小型機を飛ばそうとしたことを思い出します。実際のフライトにおいても正確な数値を掴み損ねて、知らないうちに制限値に引っかかってしまうことは最悪事故につながりかねないリスクです。出来る限り正しい数字を入手したいところです。


GD私の手元にあるマニュアルのChapter 5を確認すると、2,425 lbに基づいた離陸滑走距離の表が使えそうです。今回設定した総重量2,472 lbに最も近い値はこれ以外にありませんでした。(筆者注釈:こちらのDiamond社公式ウェブサイトでは最新のマニュアルが掲載されています。距離については表ではなく、グラフを用いたより視覚的なアプローチの計算方式になっているため、興味のある方はぜひ計算してみてください)

またAIP*によれば、滑走路10(磁方位010度に伸びる)から離陸する場合の地表高は48 feet、滑走路28(磁方位280度に伸びる)の場合は4 feet……この滑走路は海岸に向かって傾斜がついているということがわかりますね。現地の気象レポートを参考に、向かい風が吹いている滑走路10を使用しましょうか。路面は乾いているのでコンディションはドライ。もしここで風速が速ければ距離を減算する必要がありますが、今回は不要みたいですね。

さらに大気圧はほぼ標準大気圧を示しているので「気圧高度」については、地表高的に0 feetとして扱っても差し支えなく、また「気温」が摂氏30度であることから離陸滑走距離であるGround Roll*50 feet Obstruction*の値はそれぞれ330 feetと490 feetだということがわかります。TFFJのTODA*は796 feetなので、先ほどの距離はどちらもこの値を下回っており、DA40 NGによる離陸は可能であると判断できます。


――問題は着陸距離ですね……滑走路10を使うということは、その手前にある丘を飛び越えて着陸しなければならず、必然50 feet OBSの値が重要になってきます。今回はトラフィックパターン*(後述)を飛行してから着陸するため、気象条件は、離陸時から大きく変化しないものとして、同じデータを用いて計算していきましょう。先ほどのマニュアル、Chapter 5の表によればこの条件下における着陸距離のGround Rollと50 feet OBSはそれぞれ285 feetと640 feetになります。

GDここでAIPに戻って着陸に関する特記事項をよーく見てください。「The landing distance available shall be at least 115% of the required landing distance determined on dry runway」と記載されています。このため、先ほどの着陸距離はこの空港への運航時においては115%の値を用いなければならず、さらにその値はLDA*の646 feetよりも下回っている必要があるということになります。

――FAR*でもそうですが、mayではなくshallで記載された規定はより強い効力を持ちますよね。安全な着陸距離を確保するためにはこの115%という値が大事なのだということが伝わってきます。じゃあそれを言うならとっとと丘を削るなり滑走路延伸するなんなりしてこの危険極まりない空港環境をなんとかしやg(自制)……と思ったりもするのですが、我々にはコントロールできない部分、大自然を前に人間は無力なのだということにして留飲を下げたいと思います。ともあれ個人的には、こういった情報にもすべて目を通してプランニングしていく時が結構楽しかったりします。

GDそれは時間があるときは楽しめるんですけどね……物凄く忙しいバタバタの時は必死の形相で食らいついている気がします(汗)さて、Ground Rollと50 feet OBSの115%値はいくつになりましたか?

――それぞれ327 feetと736 feetですね……ハハハッ飛べねえ!!

GD利用可能距離646 feetに対して50 feet OBSの値が足出ちゃってますね。どうしましょうか。

――現実であればこの時点でこの空港への運航を断念して近場の別空港に降ります。ただし今回はシムなので、ちょっと無理やり計算して捻り出しましょうか……あ、マニュアルには機体総重量の最低値は2,425 lbまでしか記載がありませんね。

仕方がないので、気圧高度と気温の条件は固定のまま、他の重量を元に50 feet OBSの値をデータ補間していきます。そうすると2,888 lbでは680 feet、2,822 lbでは670 feet、2,645 lbでは660 feetそして2,425 lbのときに640 feet……であれば、およそ2,100 lb程であればギリギリ行ける感じでしょうか。


GD本当にギリギリ……というか燃料を3 gal(およそ11L)程度に減らしてもまだ足りない……これは厳しいですね。


――重さ170 lbもある邪魔な重量物を見つけたので外に放り出しておきました。これで軽くなって目標値に届くことでしょう。

GDそれパイロット!

――詰みですな……やはりこの機体でこの空港に降りるのは不可能であるとデータが証明していたのです(爽やかな笑み)ところがYouTubeの映像を見ると、この子よりも大きな機体が次々に着陸しています。これはリバースピッチ(プロペラ機構を利用した減速)があるから可能……ということなのでしょうか。

GDそうですね。大型機材であれば、その分ブレーキパッドも強力なものが装備されていたりするので減速しやすいです。まあプロの判断をするなら運航に対して「証明できない事柄」ならびに「根拠のないデータ」に基づいた選択はしません。

そもそもそれらに引っかかるような場合、運航ができないよう法律が定められていたりもします。現実であれば、いくらオーナーが我々に怒髪天して無理やり飛ばさせようとしても飛行を断ります。もちろん、なるべくリクエストに応えられるよう実現可能なオプションをいくつか掲示しますが。

――その結果、腹に据えかねたオーナーからクビを宣告されたりとかはあるのですか?

GDさいわい私はまだ経験がありませんが、そういうお話も聞きます。仮に私がその立場になったとしても、元をたどれば問題のある会社またはオーナーだと見抜けずに雇われてしまった己の見識の低さが原因と考えます。残念な気持ちに潰されそうになると思いますが、事実を甘んじて受け入れて、次の仕事先を見つけるだけですね。

――淡々とされていますね……。

GDははは、そういうものです。もう慣れました。さて話を戻しますが、こういったマニュアルに記載のないデータを分析してまとめている会社もありまして、そういったところから入手した数字を使用する分には「根拠のあるデータ」として判断材料に含めることができます。使用料金が年間で数十万円ほどしますが。

――流石にそれはこの企画のためだけに支払えないですね(汗)仕方がない……「ここまで調べてきたのはなんだったの?」という気持ちになりますけども、着陸については元々の重量設定で滑走路内に停止できるものとして扱いましょう。障害物である丘の直上スレスレを飛び越したら、パワーアイドルにして滑走路へストンと落とす感じにやりますか。

トラフィックパターンのイメージ図。基本は左回りの長方形で、各辺の名称はそれぞれの飛行区間を表します。

GDそうしましょう。では次に、上記地図のように左回りのトラフィックパターンにおける各ポイントでの高度、対気速度ならびに降下率を詰めてみましょうか。本来は空域による交通量のおかげで、パターンの飛行は極めて難しいため、これはあくまでシミュレーションですね。また数字通りに飛ばせることができたら御の字ではありますが、これも本来であれば着陸できない空港へ降りようとしているので、あくまで目安程度と考えましょう。

――ええと、トラフィックパターンを飛ぶ際に通常手順を守るなら、フラップを一段下げて揚力を稼ぎつつ離陸の対気速度は60 kts程度。地面効果を使って70 kts程度まで加速したら上昇をかけつつフラップを一段上げて80 kts程度を維持。パターンの高度は1,500 feetなので、ダウンウィンドに旋回して少し飛んだら到達する感じかな?

そうしたら対気速度100 kts以下で飛行し、再度旋回してベースに入る頃から徐々に速度と高度を徐々に下げる。ファイナルに入るまでに全てのフラップを展開し、障害物である丘の直上を70 kts程度で飛び越す……といった流れでしょうか。うーん、やはりこの丘がネックですね。ここの高さってわかりますかね?



GD157 feetくらいですね。木を含めたらもう少し高いかも。

――なるほど……あ、そういえば前回の飛行で高度300 feet程度が直上だったのを思い出しました。それならトラフィックパターンの高度1,500 feetからダウンウィンド、ベース、ファイナルを経て300 feetにまで降りることができれば良いですね。ピッチ姿勢を維持して対気速度を維持さえできれば、あとは降下開始のタイミングを合わせるだけでうまいこといけそうです。ここで降下にかかるおよその時間を計算して目安としておきたいのですが……。

GD今回の場合はファイナルにおける丘までの区間中、徐々に対気速度を絞っていくため正確な値を得ることができません。結局は経験則になってしまうのですが、降下率(1分間に何feet降下)は300~500 feet/minの範囲内であれば良いかと思います。


――それでもざっと計算してみます。アップウィンド上には別の山があるためこの区間の距離は短くなります、ファイナルの距離を確保したいのでその分をダウンウィンド延長することで吸収しましょうか。地図にあるように、最後のファイナルを丘より約2 NM(海里のこと、およそ3km)の位置から始める場合、対気速度を平均75 ktsで進むとして約1分半の時間がかかります。

ということは、仮に降下率500 feet/minを選択した場合、その位置における高度は最低でも1,050 feetないとまずい。高度1,500 feetのダウンウィンドから降下を始めてファイナル開始地点高度の1,050 feetまで……この区間内でうまいこと高度の処理をしていきましょう。


GDそれで良いと思います。ところで話はちょっと脱線しますが、こういうシミュレータで色々やってみようと準備をする中で、趣味で飛ぶ時とプロで飛ぶ時の判断の違いについて気づいたことがあります。フライトが趣味の範疇で行われるのであれば「安全に飛べない理由」を探して、無理をせず地上にいることを選択するものです。

ところがこれがプロになって、特に私のような仕事だと「安全運航を十分に確保」しつつも「飛べる理由」を探して、オーナーのリクエストに応えなければならないことが多々あるんですよね……。タイムリーな話題ですが、台風接近中の日本へ飛んでオーナーを主要都市に送り届け、直撃前に自分達はとんぼがえりすることもあります。

――安全とオーナーの希望を叶える……「両方」やらなくっちゃあならないってのが「プロ」のつらいところですな。

TFFJリベンジ:実際の飛行編


録画の負荷を抑えるため画質をMediumに設定しています

――セント・バーツよ。私は帰ってきた。

GDいかに早くトラフィックパターン高度に到達できるかが、そのあとの機体セッティングにかけることのできる残り時間に影響を与えます。各種操作は素早くかつ正確に行うよう心がけましょう。

――ラージャ。フラップ設定およびトリム調整完了。パーキングブレーキ、リリース。フットブレーキを踏みスロットル出力全開、エンジンオールグリーン確認。フットブレーキリリース、離陸開始。

動画30秒頃

GD速度が届きましたね。地表から離れたらすぐ機首を下げて地面効果を利用しながらVy*まで加速しましょう。

――いかん、ジョイスティックの調整がどうしてもうまく決まらない。スティックが中央に戻る際のはずみ?あそび?デッドゾーン?の影響か、機首が上下にカクーンと振れてしまいます。エルロンはそういうことが無いのですが……。

動画2分40秒頃

GDちょっと距離を使ってしまいましたがダウンウィンドで高度1,500 feetに到達しましたね。といってもすぐベースへ旋回を始めないといけないので今度は降下をしていかないといけないです。

――画面では見え辛いかもですが、スティック側の操作でフラップを展開、減速と降下を開始しようとしています。スティックで機首が揺れないポイントを探るのに手間取ったため、パワーを絞る動作がワンテンポ遅くなってしまいました。

動画3分50秒頃

GDそれでも流れとしては良い感じでは?ベースからファイナルの区間は長めにとっておきましょうか。あの丘はやや右から進入したほうがやりやすいです。

――ラージャ。経路を少し大回りで旋回します……お、高度をほぼ狙い通りに処理できました。

動画5分頃

GDだいたいは計算通りに飛べていますね。

――丘に近づいてきましたが、予想よりも少し高度が低くなってしまいました。機首調整しつつ少しだけパワーを入れます。

GDそれでも丘の直上ぎりぎり飛べていますよ。このあと飛び越すタイミングでパワーをアイドルにしつつ滑走路番号に向かって機首を下げて、フレア*に備えましょう。

動画6分25秒頃

――できた……着陸できましたよ!

GDカメラワークで驚いたり喜んだりしている感情が伝わってきてちょっと面白いです(笑)最後のフレアでバウンドしてしまいましたが、まあジョイスティックのこともあるでしょうし、滑走路内にきちんと止まることができたので良しとしましょう。

――ありがとうございます。今後はなんとか調整をしてうまいポイント見つけたいですね……って、うわー手汗びっしょり。よくまあ皆さんスイスイ降りられますね、すごいですよホントに!

GDお疲れさまでした。じゃあ今からもっと扱いの難しいハイパフォーマンス機でやってみましょうか。

――……なんですって?

オマケ:SR22でTFFJ着陸チャレンジ



GDはい、というわけでこちらの機体に乗り込んでください。

――……地獄の着陸チャレンジを乗り越えた僕を待っていたのはまた、地獄だった。

GDいやいやいや(笑)夢中になって計算進めて、操縦桿を調整されてたじゃないですか。

――あはは、たしかに。冗談はともあれこの企画の個人的な楽しみの一つには、未体験の機材をどんどん飛ばせることがあったりします。僕が訓練生だった頃はC172やC152がメインで、DA機やましてやSR機なんてのはクロスカントリー*先で見かけたくらいでした。

GD私はDA機で訓練を行っていました。振り返ってみると、訓練の時はひとつの機材に絞って飛んでたと思います。あれこれ色々な機材に触らせてもらったのは、キャリアがある程度進んでからでしたね。


――さてさて今回のおしおき……もといおまけチャレンジで使用する機材はCirrus Aircraft社のSR22ですか。残念ながら製造年月日がわからないため、年式による内装の違いについては不明ですが……丸みを帯びていながらどこか近未来的な不思議な印象を抱くデザイン。計器類は最新のGARMIN*を使用していますね。

興味を引くのはそれら計器の配置が左座席に収まるであろうPIC*だけに見やすく触りやすいように設計されている点です。例えば右側のモニタMFD*なんてわざわざ左手前に角度をつけて見やすさを向上させています。それにサーキットブレーカー(遮断器)も左座席足元で段々に並んでいてこれは……この機材で訓練する時は右に座る教官は指導が大変そうですね。


GD現代の飛行機というのは様々な用途がありますが、そもそもの始まりは地点Aから地点Bまでの移動を行うための乗り物で、そのコンセプトに忠実なのがこのSR22です。とにかく目的地までの移動をしやすくするための工夫が随所に凝らされています。米国ではちょっとお金を持っている方々に人気で、個人所有用に購入して飛んでいるオーナーもいらっしゃいます。ちなみに金額は日本円にしておよそ7,000万円ですね。

――前回の記事を書いたおかげか、ちょっとやそっとの金額じゃ驚かなくなってきている自分がいます(汗)


――お、ヒーターのスイッチや表示が乗用車のそれを思い出させます。あとこの雰囲気は何かに似ていると思ったらHondaJetだ。

GDあーわかります。あの機体も面白いですよね。チャンスがあればいつの日か飛ばしたいものです。


――シートをみると4人乗りですか、気になるのは後部座席中央の肘掛部分。緑色の……これもしかして酸素ボンベですか?え、そうなるとこの子の最高運航高度はどれくらい高いんですか!?(筆者注釈:高高度の飛行は人体に影響を及ぼすこともあるため、場合によってパイロットはボンベから酸素補給をしながら操縦する必要があります)

GDたしか高度17,500 feetくらいまでは上がれたはずです。Class A*には届かないので、この高高度でもVFR*での飛行ができます。仮にパイロットがそこまで上がりたいというのであれば、FAR*の規定に基づきSupplement Oxygen(予備酸素)の使用が求められます。この酸素ボンベはそういった状況に対応するためのものなんじゃないかなと考えます。


――綺麗な主翼ですねえ……翼端のウィングレットまでとても滑らかに作られています。翼幅はDA40 NGとほぼ同じはずなのに翼が短く見えるのは前後に太いからかな?……あとこれもしかしてブーツ(着氷防止用の装備)ついています?


GDブーツではないのですが、TKS Ice Protectionの装備が取り付けられています。これは翼の前縁部、リーディングエッジと呼ばれる銀色部分に微細な穴がいくつも開けられていて、そこから液体が流れることで着氷を防ぐ仕組みです。

そのためこの部分を手でぺたぺた触ってしまうと、手の油がその穴部分に入り込んで詰まってしまい故障の原因にもなります。また翼自体の設計も、翼端失速を防ぐためにエルロン側(補助翼)の翼の前後が少し長いデザインになっています。

――なるほど、万が一の状況に対応しやすそうです。それに機体の安定性もばっちりと見えます。

GDその安定性がですねー……。

――おっと歯切れの悪い。何か機体に不具合があるのでしょうか?

GD不具合とは言いませんが……ちょっと頭上を見てもらえますでしょうか、天井に赤いレバーが見えますよね?


――見えますが……これはなんの機能でしょう?緊急脱出装置?

GDパラシュートです。

――どうしてまた……?

GDスピンに入ったら自力で回復できないんですよこの機体。だからFAR Part23に則って運航する際パラシュート無しだと耐空性の承認が下りないのです。CAPS(Cirrus Airframe Parachute System)という専用パラシュート装備を取り付けてようやくそれが可能になる。

――安定性が高すぎるがゆえに、一度バランスを崩すと立て直しが極めて難しい機体ということですか。

GDその通り。そして一度パラシュートを開いたが最後、無事に地上にたどり着いても機体はほぼ間違いなく壊れて二度と飛べなくなります。

――そこは捉え方を変えて、この機体は有事の際すみやかに乗員の生命を守る「カプセル」になったと考えると納得できますねー。

機体胴体後部と尾翼の間からパラシュートが飛び出します。よく見るとちゃんと注意書きの再現がされています。

GDさて先ほどのDA40 NGと同様に距離計算を行ってみましょうか。

――……あのですね。

GDなんでしょう。

――このSR22はリバースなんてもちろんついてないし、大きさはDA40 NGとほぼ同じにもかかわらず速度だけが妙に速い機体です。もうマニュアルで計算せずとも着陸できないことがわかりますぞ。コレのっけから企画が躓いてませんか……ませんか……せんか……んか……(セルフエコー)

SR22による着陸チャレンジ映像。こちらも録画負荷を抑えるため画質はMediumに設定

GDははは、とりあえず飛んで様子見てみましょう。

――さっきの安全運航云々の下り全部台無し!

大暴れする機体

クラッシュはしなかったものの辛うじて着陸

GDなんとかバウンドせずに降りることができましたね。

――ここに至るまでどれだけの残機が減ったことか……。

おわりに


――今回もまた長い時間お付き合いいただきありがとうございました。

GDいえいえ良い時間でしたよ。DA機で着陸リベンジ出来てよかったですね。

――準備パートから我々すでに結構気合が入っていて本職モード感がありましたね(汗)飛行は完ぺきとは言えませんでしたが、とりあえず着陸できてよかった……まあ、オマケで心を丁寧にへし折られたんですけどね。

GDハッハッハッ私もグラフィックボード入手次第飛べるようになりますから、その時はまた一緒にチャレンジしましょう。

――そいつぁ楽しみですなぁ(黒い笑み)

以上、現役プロパイロット2名による、『MSFS』で挑む着陸チャレンジはいかがでしたでしょうか?飛ぶのは一瞬の出来事でしたが、準備パートだけで前回までの記事に匹敵する文字数になっていることに今この文章を打ちながら気が付きました。流石はこちらが本気で挑めば本気で返してくれる『MSFS』……!

さてさて歯ごたえばっちりな『MSFS』特集、ご好評頂きましてもうしばらく続けることができそうです。次回もお楽しみに!

大空を自由に飛び回る体験ができる『Microsoft Flight Simulator』はPC(Windows 10/Steam)向けに販売中。Windows 10版においては、PC用Xbox Game Pass(ベータ版)にも含まれます。エディションによる価格等の詳細は、各ストアページをご確認ください。

用語集:並びは本文中に現れた順


啓蒙
フロムソフトウェアが手掛けたPS4向けアクションRPG『Bloodborne』のゲーム内に登場するステータスで、この値が高ければ高いほど発狂しやすくなります。2015年にリリースされたゲームですが根強い人気があり、オンラインでは、解き放たれた真実によって調子が外れていく街中や地底をさまよう狩人様の姿を今なお確認することができます。宇宙は空にあるんです(啓蒙99)。

VFR
Visual Flight Ruleの略で有視界飛行方式のこと。この方式を選択するにあたり、空域ごとに視程や雲底の値がそれぞれ定められています。ところが天気については特に記載がないので、極端な例を挙げると、雨が降っていようが雪だろうが雷だろうがコックピットから外が見えて値に引っかかっていなければ飛べる!やった!!合法VFR!!!……なんてストロングスタイルなことも言えてしまったり。個人的には、空中で運悪くそういう状況に遭遇してしまった際の、緊急避難的な幅の持たせ方だと受け取っています。

いずれにせよ、合法イコール「安全が保障されている!!!」ということにはもちろんならず、悪天候を飛行するのはそれだけでリスクが伴うため、パイロットには入念な準備と計画が求められます。一番怖いのは、免許取得してすぐだったり、ある程度飛行時間が溜まって気が抜けてくるときに心に浮かぶ「まあこれくらいなら大丈夫か」という悪魔の囁き。これは文字通りの意味で地獄への片道切符になりかねないので、ゆめゆめ注意する必要があります。

マニュアル
POH(Pilot's Operating Handbook)という機体の運用に関わる全てが網羅されたハンドブックがあります。実際のPOH原本は機体に搭載されているもので機外持ち出しNG、FAAの運航においては搭載義務が法律で定められているほどです。そのため外でも閲覧できるようにその写しが用意されるのですが、正確にはこれをPOHと呼ぶことはできません。今回の記事では単語による混乱を防ぐためマニュアルと呼ぶことにしています。

AIP
Aeronautical Information Publicationの略で、航空路誌のこと。航空機の運航に関わる大切な情報がまとめられたもので、各国が発行しています。日本だとAIS Japanというウェブサイトでアカウントを作成すれば国内空港すべての詳細を確認することができます。

気圧高度
大気圧によって変動する値で、コックピット内部の高度計で読み取ることのできる高度でもあります。すごく雑な例えですが、地上1階にいるにもかかわらず「大気圧が富士山頂もかくやというほど低い値だった」場合、気圧高度は「富士山頂並みに高い値」ということになります。大気圧が上がれば、逆もまた然り。正しい高度を維持し続けるためには、高度計の大気圧設定を定期的に確認する必要があり、この設定を間違えてしまうと飛行中の他機に対して接近以上の問題を起こしかねません。

Ground Roll
地上滑走距離のこと。離陸であれば機体が地上を動き出してから離れるまで、着陸であれば機体が地上に接地してから停止するまでの距離を指します。

50 feet Obstruction
障害物がある際の地上滑走距離のこと。離陸及び着陸に際して、進行方向周囲に存在する高さ50 feetの障害物を安全に飛び超えるために必要なそれぞれの距離を指します。

TODA
Takeoff Distance Availableの略で、離陸に際して利用可能な滑走路距離のこと。この後に続くLDAの説明含めてややこしいところなので詳細についてはAIM(Aeronautical Information Manual)の4-3-6項目を確認して貰えたら幸いです。

LDA
Landing Distance Availableの略で、着陸に関して利用可能な滑走距離のこと。上記と同様に詳細はAIM4-3-6項目を確認して貰えたら幸いです。

FAR
Federal Aviation Regulationsの略で、米国連邦航空規則のこと。航空に関するあらゆる法律が定められていて、我々パイロットの身を守る命綱でもあります。ただしそのおかげで紙媒体は分厚く鈍器レベル。訓練生の頃、条文の暗記に悪戦苦闘していた仲間たちと「夜はFARを枕代わりにして寝よう」と声を掛け合っていたりもしました。たまにルールに従うことを生真面目だとからかうきらいもありますが、個人的には、Follow the book.という言葉は好きです。

トラフィックパターン
離陸、着陸に伴い空港を利用する機体が飛行する空港周囲の空中経路のこと。使用滑走路の両端を長辺の一つに持つ長方形の形をしていて、通常は左回りでの運航が定められています。長方形の各辺は区間として名前が付けられていて、使用滑走路から最初の左旋回までの区間をアップウィンド、最初の旋回後に飛行する短辺の区間をクロスウィンド、次の旋回後に飛行する長辺の区間をダウンウィンド、さらに次の旋回で飛行する短辺の区間をベース、最後の旋回で飛行する使用滑走路始点までの直線の区間をファイナルと呼びます。このトラフィックパターンを無視して好き放題飛ぶのは、他の交通ひいては空港運用に甚大な影響を与えてしまうので御法度です。

Vy
Best Rate of Climb Airspeedを指し、日本語では最良上昇率速度と言います。上昇中にこの速度を設定&維持することで時間単位で最大高度を得ることができるようになります。

フレア
着陸時にエンジン出力をアイドルにしつつ機首上げを行い接地姿勢へ移行する操作のこと。地面がグッと近づいてきたからと言って慌てて機首を引きすぎてしまうと接地直前にも関わらず機体が再度上昇してしまいます。しかも出力がアイドル状態なので結局落下するかのような着陸をすることになり、地面を何度かバウンドしてしまうこともあります。ことと次第によっては機体構造にダメージが入りかねない事態になるので注意が必要です。

クロスカントリー
Cross Country Flightのことを指し、日本語では野外飛行と言います。教官と一緒に飛ぶときも楽しいのですが、単独で飛行を行う時のあの緊張感!今でも初心に帰るときは訓練当時のことを思い出すようにしています。

GARMIN
皆さんご存知アメリカにあるGPS機器の会社。航空機の計器類ではよく見かける大御所です。一般にはサイクリングやランニングなどのスポーツ向け腕時計を発売している認識でしょうか。将来マルチスポーツGPSウォッチを購入して「ビッグオー、ショータイム!」ごっこをするのが慎ましい個人的な夢であります。

PIC
Pilot In Commandの略で、機長のこと。米国と日本では機長時間の記録の仕方が若干異なるため米→日でライセンスを書き換える際に、一部が記録としてカウントされず泣きを見るパイロットもいたりいなかったり……という恐ろしい話を聞いたことがあります。不要な混乱と無駄な手間を省くためにも、航空局の人とはきちんと確認作業を挟みながら二人三脚で手続きを進めると良いでしょう。

MFD
Multi Function Displayの略で、日本語では多機能ディスプレイと言います。エンジンの回転数や温度、その他には地図や計器飛行用の見取り図など、飛行に役立つ様々な情報を表示することができます。たいていはPFD(Primary Flight Display:複数の計器情報を一つの画面に見やすくまとめて表示するメインディスプレイ)とセットで使用されます。

Class A
高度によってクラス分けされた空域のうち、アメリカでは高度18,000 feetから60,000 feetまでをClass Aと呼びます。これ以外にはClass B、C、D、E、Gと続きますが、Class Fが除外されています。また、単純にクラスが下がれば低高度の空域を指している……という訳ではないので、もし興味のある方はAIMのChapter 3を読んでみてください。ちなみにClass AはVFRで飛行することはできないため、IFR(計器飛行方式)での運航が必須です。



今回記事にご協力いただいたglexdriver氏のサイト「FL510.aero」では、各種ジョイスティックの輸入代行の他、本格的な『Microsoft Flight Simulator』の講習を企画中。また同作向けのアドオンを製作・販売予定の企業や個人に対する販売ライセンス取得支援サービスを展開しています。

《麦秋》

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