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2020年9月にサービスを開始した『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』(以下、『プロセカ』)では、お馴染みのバーチャル・シンガーたちと楽曲が登場するリズムゲームだけでなく、オリジナルキャラクターたちが成長していくストーリーと、有名アーティストが手がける数多くの書き下ろし楽曲が楽しめます。
配信から約半年。多くのイベントを経てめでたくハーフアニバーサリーを迎えた本作。目玉の書き下ろし楽曲も増え、キャラクターたちのストーリーや3DMVと共に、『プロセカ』の世界はさらなる広がりを見せ、またユーザーから高評価を得ています。
今回はそんな『プロセカ』の世界で楽曲を作り上げる皆さんにお話を伺いました。
既存曲は約500の候補から選び抜かれる
――まずは皆さんが『プロセカ』にどのように携わっているのか、自己紹介をお願いいたします。
桝井愛氏(以下、桝井)Colorful Paletteの桝井です。シナリオライターとして、メインストーリーとキャラクターまわりの制作に携わっております。書き下ろし楽曲はイベントストーリーを元に制作いただくことが多いので、シナリオをセガさんにお伝えして制作を進めていく、という工程を踏むことが多いですね。
田村あかね氏(以下、田村)セガの田村です。役割としては「楽曲進行管理」と言う名前になっていますが、制作のスケジュール管理や発注、レコーディングの立ち合いなど楽曲に関わる全体を見ています。
林ちひろ氏(以下、林)日本コロムビアの林です。ボーカル収録のディレクションを行っております。
――『プロセカ』にはオリジナルの楽曲だけではなく、既存の人気ボーカロイド曲も収録されています。この曲はどのようにして選ばれているのでしょうか。
田村ゲームに収録する既存のボーカロイド楽曲の候補は、3社で検討をしています。
プロジェクトの目指しているものとして、若い世代の方たちにボーカロイドの音楽に親しんでいただきたいという思いがあります。そのため幅広く各世代の楽曲は取り入れつつ、どちらかというと新しい楽曲を割合的には多めに検討しております。また、キャラクター・ユニットの音楽性なども加味しつつ、常に500曲程度をリストアップしています。
――現在でも収録されている曲はかなりの数になりますよね。
田村そうですね。リリース時点から月に3曲は必ず入れているので……。
桝井現在は80曲以上ありますかね。
田村そんなにありますか!?かなり先まで予定を立てて進めているので、今現在どれくらい収録されているというう感覚がないですね(笑)。
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――サービス開始の段階でストックがあったんですか?
田村ストックは……ないですね(笑)。正直かなりギリギリな進行でした。
林漢気進行ですね(笑)。
――既存の曲をオリジナルキャラクターが歌う事もありますが、曲ごとにジャンルやカラーがあるので「シンガーの選定」も難しい作業なのではないでしょうか?
田村選定についてはセガとColorful Paletteさん、クリプトン・フューチャー・メディアさんの3社で行いますが、スッと「このユニットが良いよね」と決まる時もあれば、候補が複数挙がったり原曲のイメージを優先したりでディスカッションする場合もありますね。
――中でも大変だった曲や印象に残っている曲はありますか?
田村意外と選定が難航したことは記憶にないですね。曲をどうアレンジするか、については色々と相談して時間をかけて作り上げることも多いのですが。
桝井「どの楽曲がどのキャラクターにあっているか」というシナリオからの観点でお話することもありますね。
――声優さんに歌って頂くに当たって、元はボーカロイドの曲なので「こういうイメージで歌ってください」というオーダーもするのでしょうか?
田村オーダーはしますね。レコーディングでは林さんに細かいディレクションをして頂くので、桝井さんのシナリオチームが描く世界観に合わせることを意識しています。収録前には「こう歌ってほしいです」という簡単なイメージ資料をセガで作ってシナリオチームに確認して貰い、OKが出たらそれを声優さんに送ってイメージを共有できるようにしています。
――いくつもの工程を踏んでいると、「この曲を実装しよう」と選定し終わってから収録まででもかなりの時間がかかるのではないでしょうか。
田村リストからこの曲で、と決めるのがレコーディングの1ヶ月~2ヶ月前ですね。そこからスケジュールを合わせつつ、シナリオチームに「このキャラに歌ってもらいます」と合意を取って、キーを調整したりという手順を踏んでレコーディングに移るので更に2ヶ月くらいかかります。最後に作家さんにも確認していただきながらミックスに1ヶ月。合計で5ヶ月くらいはかかっていますね。
――それだけの時間がかかっていると思うと、いざゲームに収録された時には感慨深いですね。
田村収録されるころには懐かしくなってしまっていますね。「やっとこの曲が遊べるのか!」と思いながら譜面を叩いています。
桝井たしかに(笑)。
明かされる『RAD DOGS』制作秘話。オリジナル楽曲を彩るのは“無茶ぶり”!?
――続いて、ゲーム書き下ろしの楽曲についてもお聞きします。イベント楽曲はどうやって作られているのか、という仕組みを教えていただけますか?
田村一番最初はシナリオからですね。シナリオチームから「このキャラがメインのイベントで使う曲です」「こんなストーリーになります」「こういう曲調のイメージです」という情報を貰って、セガの方でどの作家さんにお願いするのが一番イメージに近くなるのかをすり合わせていきます。
――では、桝井さんの方で最初はある程度のイメージを持たれているんですね。
桝井そうですね。楽曲を通して伝えたい「キーワード」があるので。イベントストーリーでキャラクターがどういう風に成長していくのか、という要素が大きなポイントです。
――その後で、作家さんを決めていくという順番なんですね。
田村はい。色んな作品を聞きながらテーマに沿った方を探していきます。「この方にこういう風にお願いしたらイメージに近くなるのでは」とオーダーしてみることもありますが、基本的には作家さんご自身の作風を重視しています。
――皆さんの中で印象に残っているイベントはありますか?
桝井個人的には(青柳)冬弥のイベントですね。彼はお父さんの影響でクラシックをやっていたんですが、そのお父さんと揉めてストリート音楽に……という子なんです。なので楽曲発注時には「クラシックの要素を入れて欲しい」とオーダーしました。
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田村頭を抱えたオーダーのひとつですね(笑)。
桝井そもそも「クラシックっぽい」って何なんだと言うお話ですよね。ピアノなのかバイオリンなのか……と色々検討していただいたんですが、最終的に完成した楽曲を聞いた時には想像以上の完成度で嬉しかったのをよく覚えています。
林八王子Pさんの『RAD DOGS』という曲ですね。
――田村さんにとっては大変な思い出ですね。
田村この楽曲を歌う冬弥くんは、それまでストリートというか、ビビッドでリズム感ある楽曲が主だったんですね。なので、クラシックを入れて欲しいというオーダーを聞いた時には「なるほど???」という感じでした(笑)。
試行錯誤の段階で「あまり重低音に偏ってクラシックを表現しても(イメージとは)違うな」という感覚があったので、そのバランスをどう伝えれば良いのかが難しかったですね。クラシックの曲をサンプリングで入れたり、ピアノやバイオリンの要素を取り入れたりというアイデアはありましたが、最終的に八王子Pさんには「やりやすい方で大丈夫です」とお伝えしました。
どの作家さんもこちらの要望をくみ取りつつ、きちんとご自身の楽曲として想像以上のものを仕上げてくださるので感謝しています。
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――そして楽曲が完成すると収録のステップになりますが、この曲だとどんなオーダーがあったかは覚えていますか?
林やはりクラシックなので、メロディーに対して正確に、とはいえ、キャラクターの成長もあるので、クールだった冬弥から少し感情が溢れるというオーダーはありましたね。
田村ストーリーが進むにつれてキャラクターが成長するので、それに合わせて歌い方も徐々に変わっています。
――同じキャラクターの楽曲でも、初期の段階とは歌い方が違っているんですね。
林全然違いますね。この楽曲に至るまでにどの程度の感情の動きや変化があったのか、というのは収録の段階でも必ず確認するポイントです。
――楽曲面でキャラクターの成長を感じられるというのは、ストーリーがある『プロセカ』ならではのエピソードですね。
桝井シナリオとしては「ここで一皮むけるんです」と言うだけなのでシンプルなのですが、声優さんと林さん、田村さんにはご負担をおかけしております(笑)。「サビでガッと行ってほしい」とオーダーすることもあるんですが、それでいてキャラクター性も守らなければいけないので……。
田村そうなんですよね。どこまでガッと行って良いのかというのは悩みどころです。
桝井ちゃんと良いバランスを見つけて頂いていて、ありがたいです。
――『RAD DOGS』はラップパートの印象的な楽曲でもあります。
林冬弥くんの声優を務める伊東健人さんはラップ歌唱の経験があったんですが、東雲彰人役の今井文也さんは経験が無かったので大変だったと思います。収録で「1回やってみましょう」という感じでスタートして、そこから何回も調整しました。八王子Pさんにもお立合い頂いて、楽曲としてもキャラとしても崩れない、一番良い方向性を探りました。
――それだけ色んなオーダーがあると声優さんも大変ですね。
田村一番大変そうだったのは、歌詞が全て英語の『ECHO』でしょうか。
林声優さんにも「ネイティブじゃないんですけど」と突っ込まれました(笑)。収録の際にはアメリカ系の英語なのかイギリス系の英語なのか、というところまでしっかり確認しましたよね。
田村初音ミクさんって海外でも人気なので、外国の方が聞いてもちゃんと分かる発音にしたいという要望もありました。なので英語監修の方にも入って頂いて、英語の訛り方も「どこの地方の英語でやりますか」と、打ち合わせしましたね。
林英語だけでも難しいのに、そうしたオーダーを守りながらリズムに乗せて、しかもキャラクターを演じながら歌う声優さんの技術は素晴らしいですね。
田村ミクさんたちでは歌えていた音でも、人間だと早すぎてついていけない。なんてケースもありましたね。
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――ミクさんには英語のライブラリもありますよね。
林そうなんです、ミクさんはネイティブなので(笑)。英語の発音も細かく調整しながらの収録だったのですが、声優さんには「高校生以来ですよ」と言われましたね。
――これだけ時間をかけて丁寧に世界観や解釈のすり合わせが行われているからこそ、ユーザーさんに魅力が伝わっているのかも知れませんね。一曲やるたびに「この曲にはどんな無茶ぶりが……」と想像してみるとか。
田村全部無茶ぶりしているわけじゃないですよ!(笑)
『プロセカ』が“ストーリーのあるゲーム”だからこその楽曲づくり
――『プロセカ』の楽曲は必ずリズムゲームになるわけですが、そうした点を意識したりすることはありますか?
田村『プロセカ』に実装する際は通常の曲をショート尺までカットするので、パートの歌い分けが難しいですね。フル尺でもショート尺でも違和感なく、どのキャラのパートも均等になることを意識するんですが、本当にこのバランス感は大変です。
もちろん、書き下ろしで作家さんから指定がある場合は基本的に指定のままになりますが、お任せいただける場合はせっかくの書き下ろしいただいた楽曲ですし、その時点でのベストなものを出せるようにはしているつもりです。
林単純に順番交代ではなくて、例えば「収録で凄く良かったから入れたい」「ソロで出すならばこちらのテイクにしてほしい」という部分もあったりしますから。と言っても私は田村さんが悩んでいるのをいつも他人事で見ているだけなんですが(笑)。
――男性と女性のキャラクターが一緒に歌う場合は特に難しいのではないでしょうか。
田村そうですね。男女で活動されているアーティストさんの曲も参考にするんですが、やっぱりフル尺を前提に作られていることが多いので、ショート尺のバランスにはいつも頭を悩ませています。
――スマートフォンアプリで手軽に遊べる楽曲の長さには限界がありますよね。
桝井この曲はCメロが本当に良いのに!と思いつつ、泣く泣く削ったりすることもありますね。
――他に思い入れのある書き下ろし楽曲などはありますか?
田村まだ収録されてないので曲名は伏せますが、桝井さんに「こういう曲調が良いんですが」と相談された段階で、お願いする候補者が全く思い浮かばなくて……思わず「どこが一番表現したい要素ですか?」と確認した曲がありました。
桝井あっ、あの曲ですか(笑)。
田村ボーカロイド楽曲を制作されている方は幅広くチェックしていますし、ネットの力も借りて探してみたんですが、どうしても「そんな曲を作っている方は居ないのでは……?」と。
――それは気になりますね。これまでに全くなかったジャンルだったのですか?
田村いえ、実はそうでもないんです。当初の予定からはかなり手を加えましたが、作家さんらしさやグループの魅力はしっかり出ていますので、収録されても聞いて「これだ!」とは分からないんじゃないかな。是非探してみてください。
――サービス開始から月日が経ち、キャラクターの内面や関係性が変わってくると今後も更に複雑なオーダーは増えそうですね。
田村作家さんに楽曲をお願いするに当たっても「今回はこんな曲を」というオーダーだけでなく、これまでどういうストーリーを辿ってきたのかという資料は、纏めてお渡しするようにしています。
――今後もその資料は増えていきそうですね。最初の頃の曲と聞き比べてみるというのも面白いかも知れません。
田村そうですね。ありがたいことに楽曲制作にあたってゲームをやり込んで下さって、完成の際には「このキャラの曲が書けて良かったです!」と言って頂いたこともありました。
林ゲームに収録した順番に聞いて頂くと、その変化も感じて頂けるのかな。と思いながら収録しています。
――担当されるアーティストさんは、同じ方を複数回起用されていないですよね。
田村イベント用の楽曲ですと、現状はお願いしていないですね。中にはもちろん有名な方もいらっしゃいますが、その方がファンから持たれているイメージと乖離した曲にならないように、というのも大事にしています。
――ファンからのイメージ、という観点では「オリジナルキャラクターと初音ミクたちバーチャル・シンガーが交わるストーリー」も難しい要素は多いのではないでしょうか。
桝井そうですね。ひとつの基準ですが、オリジナルのキャラたちは人間らしい感情や経験を積み重ねて成長していく姿を描きたいですし、ミクさんたちはそうした気持ちや出来事に寄り添っていく存在として描ければと思っています。
――これからは一曲一曲を噛みしめながら楽しみたいと思います。それでは、最後に『プロセカ』を応援して下さる読者の方にメッセージをお願いいたします。
桝井セガさんと日本コロムビアさんの収録してくださる楽曲では、ストーリーを通じてキャラクターが成長していく過程の繊細な気持ちを丁寧に描いて頂いています。キャラクターの成長と楽曲の繋がりを感じて頂けたら嬉しいと思います!
田村パートごとの歌い分けも、シナリオを加味して行っています。是非、ストーリーも読みながらプレイして、そうした背景も感じて頂けたら嬉しいですね。
林楽曲にはセガさんとColorful Paletteさんから頂いたオーダーを技術的なところも含めてどう表現していくか、というのがポイントだと思っています。日本コロムビアならではの長年の音楽的、技術的な部分で面白い提案もしていけたらな、と思っているので……
田村ダミヘとか(笑)。
林そうそう(笑)。先日ゲームに収録された『威風堂々』という曲では、ゲーム音をイヤホンで聞く方が多いことを意識して、ダミーヘッドマイクを使用して収録してみました。今後もそうした取り組みにチャレンジしていけたらと思います!
――本日はありがとうございました!
ちなみに、今回は譜面制作班の方々にもコメントを頂きました。上記インタビューと合わせてこちらもお届けします。
――いわゆる「高難度譜面」はどのような過程で制作されているのでしょうか?ほかの楽曲と制作面での違いがあれば教えてください。
譜面制作班制作過程については、難易度によって大きく異なることはありません。どの譜面でも、楽曲を担当する譜面製作スタッフが下書きを作成し、それをメンバー全員で意見交換してブラッシュアップしていきます。
強いていうなら、高難易度のほうが、ブラッシュアップの回数がほかの難易度に比べて多いですね。
――MASTERやEXPERTなど高難度の譜面が話題になる一方、「低難度」と呼ばれる譜面ではどの様な点を注視して制作されているのでしょうか。
譜面制作班「easy」の譜面は、リズムゲームに触れたことがない方や得意ではない方でも楽しく遊んでクリアできることを前提として制作しています。
「normal」は「easy」の譜面を少し応用したような配置になっています。それでも、難解なリズムの楽曲などは、その雰囲気をふまえつつも簡単な形のリズムに落とし込む、という方向で仕上げています。
「hard」の譜面は「expert」譜面を先に作成し、その形から難易度を下げるという方向で制作しています。なるべくメインボーカルの旋律に沿う形での素直なノーツ配置を考慮しつつ、ちょっとした難所を1,2か所ほど設けるといった塩梅で仕上げています。