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カセットに曲を吹き込んで、武蔵野線の南越谷駅で電車に乗った瞬間にウォークマンのプレイボタンを押すと、ちょうど武蔵浦和駅に着いたときに曲が変わる。乗り換えのエスカレーターに乗るとまた曲が変わって、エスカレーターを降りるとまた曲が変わる。埼京線を待っているとまた違う曲になって、埼京線のドアが開いて乗りはじめるとまた曲が変わる。学校のある川越駅に着いて、降りてそば屋の前を通ってロッテリアの前を通るとまた曲が変わる、みたいなね。そういうカセットのアート。
そば屋ならそば屋なりの、ロッテリアならロッテリアなりのそういうっぽい音楽になるわけ。
飯野賢治「ゲーム」より引用
ゲームクリエイター・飯野賢治氏は、高校生の頃にカセットテープに曲を吹き込み、音楽と聴取者がいる場面を時間的に同期させる作品を製作していたことを自著にて語っています。
『リアルサウンド ~風のリグレット~』(以下、『風のリグレット』)のオーディオブック版がリリースされると聞いたとき、筆者は上記のエピソードを思い起こしていました。
スマートフォンの普及もあり、近年はポッドキャストなどの音声コンテンツがずいぶん身近な存在となりました。
様々なプラットフォームを用い、人々が音声コンテンツを楽しみ、時には制作まで行ってしまう現代。7月18日に突如配信されたオーディオブック版『風のリグレット』(Audible/Audiobook)は、そんな音声コンテンツ全盛の現代においてどのような受け止め方をされるのでしょうか。
本稿ではオーディオブック化した『風のリグレット』のゲーム版との違いに加え、普段あまりゲームをプレイしない人に本作を聴いてもらった感想をお届けします。そしてゲームではない、オーディオブック版ならではの本作の新たな楽しみ方を探っていきます。
絵の無い、音だけのゲーム『リアルサウンド~風のリグレット~』とは
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本作はワープ(現:フロムイエロートゥオレンジ)が1997年7月18日にリリースしたセガサターン用のインタラクティブサウンドドラマ。監督・企画・プロデュースは同社代表のクリエイター・飯野賢治氏。1999年3月18日にはドリームキャストに移植されています。
本作の特徴はなんと言っても“画面が無く、音声だけでゲームが進行する”こと。基本的にはラジオドラマの要領で音声を聴き、時折鈴の音と共に現れる選択肢(この選択肢も音声で示されます)を選ぶことでストーリーが分岐していきます。
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ストーリーはテレビドラマ仕立てのラブストーリーです。主人公は大学生・野々村博司。彼は小学生の頃、隣の席の少女と駆け落ちの約束をしますが、少女は約束の時間になっても現れず、二度と会うことのないまま転校してしまいます。
月日は流れ、上京した博司はその時の少女・泉水と偶然再会し恋人関係となりますが、ある日を彼女は謎の失踪を遂げます。泉水の手帳を拾い、届けに来たという女性・菜々と共に、博司は失踪した泉水を捜し始めます。
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本作の脚本は、テレビドラマ『東京ラブストーリー』や映画『花束みたいな恋をした』を代表作とする坂元裕二氏。博司の初恋・記憶を巡るドラマが様々な”音”を介して描かれていきます。
”リアルサウンド”というタイトルの通り、立体音響で録音・再生された作中の音は臨場感にあふれています。街中の生活音や雨の音などはイヤホン・ヘッドホンで聴くことでより生々しく感じとることができます。ムーンライダーズの鈴木慶一氏が担当した作中の楽曲は、夏が舞台の本作らしく、どこか湿度を帯びた暑気を思わせるサウンドです。
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メインキャストは博司役が柏原崇氏、菜々役に菅野美穂氏、泉水役は篠原涼子氏。いずれも当時をテレビドラマなどで押しも押されぬ人気を誇った俳優が登場人物を演じており、こうした点も含めとかくサウンドに全勢力を注いだゲームとなっています。
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本作が「絵の無い」ゲームとして製作された背景には、視覚に依らずプレイヤーの想像力を喚起させるという目的がありました。そしてもうひとつ、視覚障碍を持つプレイヤーとそうではないプレイヤーが同じ環境でプレイし、本作を通じてコミュニケーションを取れることを意図していた、と後年飯野氏は自身のブログで語っています。
「音だけのゲーム」の発売当時の受け止められ方、現在の受け止め方
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そんな『風のリグレット』ですが、リリース当時から「ラジオドラマと何が違うのか」という意見があったようです。もちろん、選択肢があるプログラムされた作品という点では、ゲームというメディアを使用する意義はあります。とはいえ当時は映像・音声・文字といった、異なるメディアが並列的に扱われる「マルチメディア」がもてはやされた時代。
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特にゲームにおいてはポリゴン描画や動画再生といった新時代のビジュアルが隆盛しており、本作のとった「絵の無い」手法は当時のトレンドはおろか、それまで同社が製作してきた『Dの食卓』『エネミー・ゼロ』といったビジュアル表現に重きを置いたゲームと、ともすれば逆行しているようにも見受けられます。
その時点の潮流とはまるで別の場所にいるように思える『風のリグレット』の評価は賛否の分かれるものとなりました。
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そして2024年の現在、選択肢といったゲーム的な要素が無くなり、純然たる音声コンテンツとして配信されることとなった本作。結果として本作は、かねてより指摘されていた「ラジオドラマ」と違わぬものとなりました。現状はプレイする手段が少ないだけに、以前よりずっと手軽に『風のリグレット』に触れられるようになったことは喜ばしいことだと思います。
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一方で筆者は「音声コンテンツがこれだけ普及した現代において、ゲームではなくなった本作はどのように楽しむことができるのか?」という疑問を持ちました。ゲームのリリースから27年、「画面の無いゲーム」から操作が無くなったら、それは一体どのようにして遊べるのでしょうか。
オーディオブック版はゲーム版と何が違うのか?
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それではオーディオブック版はゲーム版とどのような差異があるのか、改めてその違いを挙げてみます。
選択肢はなくエンディングは1種
先述した通りオーディオブック版『リアルサウンド~風のリグレット~』には選択肢がありません。ゲーム版では選択肢によって分岐し、5種類のマルチエンディングが用意されていましたが、オーディオブック版はいわゆるハッピーエンドが1種類収録されるのみ。操作は必要なく、聴取者として音声トラックを聴いてストーリーを体感します。
画面が必要ない
当然のことながらビジュアル表現は用意されていません。もちろんゲーム版でも表示されるのは真っ暗な画面(ドリームキャスト版はタイトル画面とイメージビジュアルが追加)でしたが、オーディオブック版は音声データだけということもあり、必ずしも画面を点けている必要がありません。
持ち出して聴ける
AudibleとAudiobookはスマートデバイス用アプリが用意されており、外出先でも『風のリグレット』を楽しめます。これまではセガサターンとドリームキャストという据え置き型ゲーム機でしかプレイできなかっただけに、外で音声トラックをプレイすると新鮮な気持ちで本作に触れられるかもしれません。
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オーディオブック版の特徴を踏まえて本作を楽しめるシーンを考えてみると、たとえば車を運転しながら、作業をしながら、散歩をしながら…といったいわゆる「ながら聴き」がメインになるだろうと思いました。ゲーム版では、音や声に耳を澄ませて選択肢を選びとることがそのままゲームとなっていましたが、では「ながら聴き」をする『風のリグレット』はどのような体験をもたらすのでしょうか。
非ゲーマーな人々に『風のリグレット』を「聴いて」もらう
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筆者は本稿を執筆するにあたり、「普段あまりゲームをプレイしない、そんな人の意見が必要だ。」と思いました。それはもともと『風のリグレット』というゲームが非常にテレビドラマ的なアプローチの作品で、ゲーマー以外の人々に対しても広く向けられた作品だったからです。また今回、音声コンテンツとして配信されたことで、よりゲーマーではない人に触れてもらいやすくなったから、ということもあります。
というわけで今回は、3名の非ゲーマーの方に本作を聴取してもらい、その感想を述べてもらうことにしました。
〇聴取者 Iさん
聴取機器:スマホのスピーカー
聴取状況:制作作業をしながら
聴取した場所:和室
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【プロフィール】
Audibleで1ヶ月間お試し登録で小説を中心に数点聞いた経験あり。長い作品で17時間程度。ラジオドラマはあまり聞かない。
普段はながら作業でYouTubeをよく聞く。
ゲームは小さい頃から禁止令が出ていたので、プレイ経験はここ3年ほど。といっても数ヶ月に1~2週間程度やっては放置を繰り返している。YouTube上のゲーム番組のおかげで色んなタイプのゲームがあることは知っている。
【音について】
ゲームがオーディオになったと前情報があったので、どういう作品に…?と思ったけど、実際聞いてみると、ラジオドラマを聞いている感覚に近くて、ちょっと違うかも?と思ったのは、流れてくるBGMと繰り返し入ってくるテーマソングのようなもの。曲の雰囲気がドラマっぽくなく、ゲーム由来だからかなぁと。このへん解像度があまり高くないので、これ以上は突っ込めないです。
他、校内をイメージする音や電車の音など、シチュエーションを想像しやすい環境音が入っているのは、小説の朗読とは随分違うなぁと思いながら聴きました。あ、エンディング曲が矢野顕子だったり、声の出演も豪華でしたね。菅野美穂若~。
【ストーリーについて】
詳細で坂元裕二が脚本だということも知った上で聞いていたので、「と、『東京ラブストーリー』感~!!!」と思いながら聞いてました。
実際に時代的なことはよくわからないですけど、『STEINS;GATE』とかあの辺の時代のアニメとかもよぎってました。情けない男性主人公が魅力的な女性たちに愛され…なところがギャルゲー色が強く残る『シュタゲ』を思い出した理由かも。
「『東京ラブストーリー』感」は菜々の野々村を翻弄しつつも、繊細で寂しげな表情を見せるキャラクター造形のせいかな…いやむしろある一時代のアニメ・ゲームのヒロイン像としてはよくある設定…?なんにせよ、後半終始野々村サイテーと思いながら聴いてました。
あと、私自身ミステリが好きだということもあって、「叙述トリック」特に「信用のない語り手」ものとして聴きました。
【聴いてみての感想】
オーディオブック自体、どのようなシチュエーションで聞くことを想定しているのかは分かりませんが、ながらで聞いても楽しめるくらいの複雑さだし、長さも3時間半程度だったので、とっつきやすい印象でした。
耳だけの情報にも関わらず、結構シチュエーションが想像しやすかったり、ストーリーの中でキーになる時計塔や台風、南十字星のようなシンボルが象徴的なので、結構ビジュアルイメージも湧きやすい作品だったと思います。
〇聴取者 Sさん
聴取機器:主にスマホのスピーカー
聴取状況:家事をしながら、仕事の準備中に
聴取した場所:自宅、仕事の準備中に1人で
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【プロフィール】
普段はオーディオブックもラジオドラマも聴くことがない
ゲームは『ポケットモンスター』を昔プレイしたことがある
【音について】
声や音と記憶の関係は相性がよいと思いました。SNSやYouTubeなど視覚優先のメディアが多い中、目はフリーで楽しめる自由さがよかったです。
現実部分の俳優さんの演技の近さがよく、すっと入ってきて、間のブリッジ音楽(歌詞ありなし共に)は、ながら聞きのときにはいい休憩になると思いました。
全体的にいわゆるゲーム感は感じませんでしたが、挿入音楽がゲームのバックに流れている音楽っぽいと思うところがありました。
【ストーリーについて】
東京の地下鉄や地元の描写、台風19号、ゴッホなど具体名が登場しますが、不思議と現実感があまりなく感じました。泉水と菜々の存在の不確かさ、野々村くんの(人間の)記憶というものの曖昧さや、声という近いものとスマホの中の物語という遠さの生み出す、おもしろい感覚なのかもしれません。
また、何か事件が起こって、目的を定めながら進んでいく感じは、昔やったロープレに似ている感覚がありました。
【聴いてみての感想】
普段、オーディオブックもラジオドラマも聴かないので、とても不思議な感覚になりました。音だけのコンテンツは視覚的には普段の家をぼーっと眺めながらとか、散歩をしながら、流れていく風景と混ぜることができておもしろいと思いました。
聴いている間に自分自身の日常がが挟まってくるのですが、現在と回想とナレーションという構成と違う語りで復習してくれることで(全て続けて聴く人は少ないと思うので)、また続きから聴き始めてもついていけてよかったです。「あそこはどういうことだったんだろう」と思って何度も聞き直したくなりました。
〇聴取者 Kさん
聴取機器:スマホのワイヤレスイヤホンで
聴取状況:移動中
聴取した場所:地元駅までの路上、電車の中
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【プロフィール】
最近初めてのソシャゲ『ポケモンスリープ』にハマった
ゲームはそもそもあまりやらないが、ノベルゲームは特に敬遠してしまう
【聴いてみての感想】
失踪した恋人を謎の少女と追いかける。ラジオドラマっぽいなと思った。小説の朗読だったらもっと主人公の内面描写が多かっただろうが、常に先へ先へと進む物語が知らない街や別の日本を探検する気分にさせてくれた。爽やかな内容で、この猛暑の中でも聴きやすかった。
ただ、聴いていると物語世界に気持ちや視界が奪われて、現実にだんだんと集中できなくなってくる。他のオーディオブックと違うのはそういうところかもしれない。間違っても運転中に聞いてはいけないと思った。
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今回協力してくれた方々はそれぞれ程度の差はあれ、日常的に長時間ゲームをプレイすることはほぼ無いそうです。
Sさんの挙げた「目的を定めて進むロープレ感」とKさんの「先へ先へと進む物語が知らない町や別の日本を探検」する感覚は、筆者も古典的アドベンチャーゲームのように感じられる場面があったため、頷けるところがありました。
また、鈴木慶一氏の手がけた音楽の使いどころに特徴を見出す意見は、IさんとSさんに共通している部分で、たしかに少々普通からずらした配置をされているのかもしれません。
イメージの湧きやすさや、ながら聴きの気軽さをIさんとSさんが感じているのに対し、Kさんが物語世界に没入していく感覚を覚えているのが対照的で面白いと感じました。
風景と『風のリグレット』を重ねるという遊び
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本稿冒頭に飯野氏のエピソードを述べましたが、筆者はそれと同様のことがオーディオブック版『風のリグレット』を用いても行うことができると思いました。つまり、作中の台詞や音と、聴取者が置かれた状況や風景を重ね合わせるという遊び方です。
飯野氏はこれを「プログラムされた僕」と題し、音楽と場所がシステマチックに同期することを作品としていました。あるいはプログラムしなくとも本作の音声が聴取者の居る場面に偶然重なり合うこともあるでしょう。これはもともとのゲームが音だけであることだけでなく、外に持ち出せるようになったことで生じた新たな楽しみ方だといえます。
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こうした楽しみ方は、「耳を澄ませること」それ自体がゲームのカギとなっていた『風のリグレット』にとって、本来想定されたプレイの仕方ではないのかもしれません。また筆者を含め、ゲームを好んでプレイする人にとっては「そのままのゲームという形で『風のリグレット』を移植してもらいたい!」という思いも少なからずあると思います。
しかし、このオーディオブック版『風のリグレット』はゲームをプレイしない人々にも広く触れてもらえるという長所があり、だからこそ今回は3名の方に協力を仰ぐことができました。
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実際に筆者も本作をイヤホンで聴きながら歩いてみたり、電車に乗ってみたりしました。すると作中の台詞や音だけでなく、周囲の音、匂い、気温などが混じりあう感覚を体験できました。そしてただ聴いているだけにも関わらず、本作がもともと「ゲーム」であったことをむしろ強く意識させられました。こればかりはもしかしたら、ゲーマーの性なのかもしれませんが。
最後に、筆者なりの遊びとして南越谷駅から川越駅まで『風のリグレット』を聴いてみます。
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読者の皆さんも様々なシーンで『風のリグレット』をプレイしてみてはいかがでしょうか。
オーディオブック版『リアルサウンド ~風のリグレット~』は、Audible/Audiobookにて配信中。どちらのプラットフォームも初回無料体験あり・聞き放題で本作を聴くことができます。
また、単品販売版では坂元裕二氏の脚本ブック、原作体験版に収録されていた飯野賢治氏の音声メッセージが特典となっています。あわせてチェックしてみてください。