皆さんは『かまいたちの夜』をご存知でしょうか。
1994年にチュンソフト(現スパイク・チュンソフト)から発売された『かまいたちの夜』からはじまった本シリーズは、同社が展開するサウンドノベルシリーズ第2弾。サウンドノベルは画面全体に表示されるテキストを読み進めることでストーリーが展開し、SEやBGMといった演出によって没入感を感じられるアドベンチャーゲームです。またシナリオの要所で提示される選択肢を選ぶことで物語が無数に分岐するのも特徴です。
『かまいたちの夜』はそんなサウンドノベルの伝説的作品で、登場人物がシルエットで描かれていることでも知られています。プレイヤーは基本的に主人公「矢島透」の視点から、各作品で巻き起こる殺人事件の行方を追っていくことになります。
推理作家の我孫子武丸氏が脚本を担当していることからも分かるように、ホラーやサスペンスを軸にしながらも本格ミステリが描かれ、選択肢によって大きく様変わりする展開から少しずつ情報を集めて推理して犯人を当てるのが目標です。

9月19日に発売予定の本作『かまいたちの夜×3(トリプル)』は、2006年にPS2向けに発売されたシリーズ完結編『かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相(以下、かまいたちの夜3)』のシリーズ30周年を記念した移植版で、初代『かまいたちの夜』と2作目『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄(以下、かまいたちの夜2)』のメインストーリーが収録されています。つまり本作を購入すれば『かまいたちの夜』シリーズを追うことができるので、サウンドノベルの名作ということで気になっていたけど、どこからプレイしたらいいのか分からないという方にピッタリなタイトルです。
しかし先ほど初代作と2作目の“メインストーリーが収録”と書いたように、本編以外のシナリオに繋がる分岐は削除されており、「ペンション“シュプール”編」「監獄島のわらべ唄編」という形に。そのためそれぞれの作品に同梱されていた「悪霊編」や「スパイ編」といったアナザーストーリーは本作には入っていないため、その点だけ留意したほうがよいでしょう。
今回は発売前に先行プレイの機会をいただいたため、それぞれの作品についての紹介やストーリーの概要について、ネタバレに気を付けつつ触れていきます。ちなみに筆者は1作目『かまいたちの夜』はプレイ済みなものの、続編2作は未プレイ。しかも初代をプレイしたのも10数年前のため記憶は曖昧ということで、ほぼ“『かまいたちの夜』について知らない”状態です。そんなプレイヤーだからこそノスタルジックな感慨を抜きにして、『かまいたちの夜×3』は2024年にプレイしても楽しめたのかをお届けします。
◆今プレイしてもやっぱり面白い『かまいたちの夜』
まずは、初代『かまいたちの夜』でのエピソードが描かれる「ペンション“シュプール”編」をご紹介しましょう。本パートでは、スキー旅行に出かけた大学生の主人公・透が、ガールフレンドである真理と、真理の叔父「小林二郎」夫妻が経営するペンション「シュプール」に滞在するところから始まります。

美味しい食事に舌鼓を打っていると、宿泊客が「こんや、12じ、だれかがしぬ」という不穏なメッセージを発見。その後実際にコートを着た謎の男「田中」の部屋からバラバラ死体が見つかったことを皮きりに惨劇に巻き込まれていくというストーリーとなっています。
猛吹雪に包まれ隔離された雪山の山荘というロケーション、電話線が切られ外部との連絡が取れないという状況下のクローズドサークルもので、登場人物とシンクロするようにじわじわとした恐怖が感じられます。
プレイヤーの選択によって結末が大きく変化し、さまざまな展開を楽しめ、たとえば犯人当てに失敗し続けると登場人物全員が徐々に殺されていくサスペンスホラーに変化する一方、序盤にて会社経営をしている香山の「うちにこい」という誘いに乗るとまさかの大阪で就職するというギャグエンディングを迎えられる作風の幅の広さも魅力です。


プレイする中で感じたのは、シナリオの完成度の高さです。本作の犯人についてはインターネット上で半ミーム化しており、筆者も昔とは言えプレイしていたため薄っすらと思い出しましたが、動機やトリックについては不明瞭のままプレイを進めていました。
どうやったら抜け出せるのかわからないバッドエンドに振り回されながら、わずかずつ提示される真相を整理しつつ犯人を特定していく流れは今なお面白かったです。
そして犯人が特定できたあとに最初からプレイすると、謎解きに必要な情報開示の自然さと見事なミスリードに唸らされました。以降のシリーズ作との大きな違いは、謎さえ解ければ事件が起きる前に犯人を止めることが可能な点です。「こんなことができるの?」と驚きつつ、推理小説などと異なるゲームならではの展開で、サウンドノベルという媒体の可能性が感じられました。
◆初代よりも伝奇ホラー風味な『かまいたちの夜2』

衝撃的な幕開けからはじまる「監獄島のわらべ唄編」。とある人物から別荘の館へ透と真理は招待され、そこで連続殺人事件に巻き込まれます。前作と本作、ゲームと現実へと交互に思考を巡らせていくメタフィクションの構造になっており、筆者は本作から初プレイでしたが、混乱しつつも「いったいどういうことなんだろう」と序盤から物語へ引き込まれました。

また作風もガラッと変わっており、前作は雪山の山荘で描かれる本格ミステリの趣でしたが、本作は舞台である三日月島に伝わるわらべ唄になぞらえてキャラクターが殺害されていく、おどろおどろしい伝奇ホラー色が強い館モノです。
また前述しましたが『かまいたちの夜』との大きな違いとして、発生する殺人事件が止められない点が挙げられます。選択肢によって大きく展開が変化した前作と異なり、バッドエンディングはありつつも真相に向けて基本的に一本道です。

分岐による作風の幅の広さに魅力を感じていた筆者は最初は面食らいつつも、その分1本のゲームのストーリーへジェットコースターのように没入できるため、「これはこれでアリ」という結論になりました。また本作からPS2で発売されたこともあり、背景ムービーやキャラクターシルエットの動きの進化がすさまじく、演出面でも見ごたえのあるタイトルでした。
◆ザッピングシステムで引き込まれる『かまいたちの夜×3』
本作のメインパートとなる『かまいたちの夜×3』は本シリーズの完結作で、1作目と2作目との関係とは異なり、『かまいたちの夜2』のベストエンディングから地続きのストーリーになっています。

前作から1年後がテーマとなっており、三日月島での惨劇を経験したことで変化した関係や心情を扱いつつ、再び訪れた島で起こる事件が描かれます。人死にが発生した後の話ということで登場人物がギャグを言う場面も減り、全体的にシリアスで沈痛なトーンの作品となっていると感じました(まったく無いわけではありません)。
また本作に収録されている過去2作とは異なり、ピンクのしおりなどで本編とは一味異なる番外編を楽しめるのもポイントです。

最大の特徴は複数主人公制だということ。過去作においてはストーリー=主人公の体験でしたが、本作では透を含めた4人の主人公たちがタイムチャートに沿って行動し、それぞれの視点で物語が楽しめます。
今までは描かれてこなかったキャラクターの内面や思考回路に触れることができ、あるキャラクターではテキストを割いて描写されていた出来事が、ほかの人物視点では軽くスルーされているなど、1つの事件に対しての考え方や取り組み方が異なるため多角的にストーリーが描かれるのです。


ある主人公の行動がほかの主人公の結果に影響するなど、同社の名作サウンドノベル『街 ~運命の交差点~』のようなザッピング形式で物語が味わえます。「展開が詰まったけど、あの主人公がアレをしたら……」という解法を思いついたときは脳汁があふれ、パズルを解いているような感覚で『かまいたちの夜』として新鮮な体験でした。
◆2024年に『かまいたちの夜』シリーズに触れてみて
2024年に『かまいたちの夜×3』を新作として触れてみて、今なお通用する面白さが感じられました。また2作目以降は初体験ということで初代だけをプレイして記憶に仕舞い、筆者の中で膨れ上がっていたガチガチの「本格ミステリ」としてのイメージが良い意味で崩れました。
『かまいたちの夜』は分岐によるさまざまな展開が魅力ですが、同時にシリーズ展開としてもタイトルごとにミステリーとしてのジャンルやシステム面で違う側面が体験でき、この作風の幅広さこそが『かまいたちの夜』の魅力の1つであると感じられました。
またサウンドノベルというジャンルの色あせなさも、同時に受け取ることができました。アドベンチャーゲームはゲームジャンルとして、「テキストを読む」という体験以外をそぎ落としているからこそ、コアとしての「物語の面白さ」が際立ちます。
初代作と同じ1994年発売のアクションゲームや、RPGタイトルを今プレイするとさすがに古さを感じてしまうことも多いでしょう。しかしサウンドノベルはグラフィックやアクションなど、ゲームのハード部分と比例して進化する要素に依存していないからこそ、いつプレイしても新鮮な驚きと面白さを味わわせてくれるのだと、本作をプレイして思ったのです。