漫画やゲームなどいわゆる原作の立ち位置のコンテンツがヒットすると、ファンの要望が後押しして映像化することがよくあります。または、最初から映像化を目的としたコンテンツも少なくありません。推しキャラが映像で動く、それがアニメか実写にしろ、胸を躍らせる方が多いと思います。
では、実際に映像化するための企画が立ち上がった場合、何が大事になってくるのでしょうか。コンテンツのクオリティーを高める、配信するプラットフォームを決めるなどはもちろんですが、何よりも制作するための資金集めがスタートになります。その資金調達はどうやって行うのか、スポンサーになってくれと直接企業に出向くだけでなく、世界にはコンテンツを配信したいクリエイター、プロデューサーがプレゼンの場に集う場所があります。

その一つが、2025年11月に台湾で開催されたコンテンツビジネスの祭典「2025 TCCF クリエイティブコンテンツフェスタ」です。同イベントは、映画・ドラマ・アニメ・漫画・ゲームなど幅広いジャンルの作品や企画が、世界中から集まったコンテンツ業界のプロフェッショナルに紹介され、交流や商談が行われる場です。実際に現場を訪れてみると、日本のドラマや映画、アニメのブースも多く見かけることができました。特に女性向けのアニメの人気の高さも窺えます。


また、台湾の人気ドラマや番組、大手ゲームメーカーなど、幅広いジャンルが見られました。



今回、同イベントに日本のドキュメンタリー映画監督の太田信吾氏が、プロデューサーの竹中香子氏と共に招待され、自身が制作中の映画「煙突掃除人」のピッチング(プレゼン)をする場が設けられました。監督が映画を作る立場なら、プロデューサーは資金調達や配信先を決めるなどの役割を担います。
これまでに様々な国際マーケットで映画制作の資金調達や国際共同制作を募ってきた経験を持つ二人……代表して太田信吾氏にコンテンツビジネス制作の大変さ、その裏側をお聞きしました。ちなみに、太田信吾氏はゲームが大好きらしく、『ウイニングイレブン』や『モノポリー』、『ストリートファイター』、『鉄拳』などをよく遊びます。映画制作にも影響を受けているのか気になるところです。


──ドキュメンタリー映画を撮るようになったのはいつ頃からですか?
太田信吾:2010年に大学の卒業制作として初めてドキュメンタリー映画を撮りました。実はその前年にも劇映画を制作をした機会があったのですが、その際に様々なトラブルがありました。自分たちの想像力が現実に追いつかないことに唖然として、劇映画の制作よりも事実をベースに価値観やナラティブを更新していけるドキュメンタリーの方に関心を抱きました。また在学中にボランティア活動に力を尽くしてきた反動で、燃え尽き症候群のようになってしまい、約2年の引きこもりを経験している最中でしたので、一人で始められることとしてカメラを持って自身で自分を演じ直すセルフドキュメンタリーの制作をスタートさせました。引きこもりの男が社会復帰をしていくという役の演技を通じて、いつの間にか、私自身も社会復帰をできていたことがあり、演技の持つ自己回復力的な側面に気付かされました。「撮ること」と「生きること」が地続きであると感じたのが、現在まで続く出発点になりました。
──1つの作品を撮るのにどのくらいの時間がかかりますか?
太田信吾:短くても2~3年、長いものだと5年以上かかることもあります。2013年に発表した映画「わたしたちに許された特別な時間の終わり」に関しては、最初に撮影をした2007年から劇場公開するまで7年の月日を要しましたし、2019年にテアトル新宿を皮切りに全国公開をした映画「解放区」に関しては2013年の撮影から6年を経て全国公開を果たすことができました。時間の経過そのものが被写体や社会の変化を映し出すので、撮影期間は作品のテーマによって自然に決まっていきます。
──1つの作品が完成してからも、長期的に宣伝、上映活動を続けているのでしょうか?
太田信吾:はい。作品は完成して終わりではなく、上映を通じて観客と出会い、新たな対話が生まれるたびに“更新”されていくものだと思っています。映画祭上映や劇場公開だけでなく、学校や地域での自主上映なども大切にしています。
──毎回どのようにテーマを決めるのですか?
太田信吾:自分の身の回りや社会で起きていることの中から、違和感や痛みを感じた出来事がきっかけになります。取材対象との出会いを通じて、テーマが少しずつ輪郭を持ちはじめ、やがて作品の形になっていきます。
今回台湾の「TCCF」でピッチングをした制作中の映画「煙突清掃人」については、私の親族が長く清掃員として仕事をしていたものの、私の幼少期にその人が差別を受けていた瞬間を目の当たりにして、それがどこか心の片隅に傷口として残っていたことが企画の発端となりました。長い時間を経て、85歳の煙突清掃人の方と知り合うことができ、その方が自身の仕事を誇りに年をとっても仕事に邁進する姿に感銘を受けて、清掃という行為をテーマの1つとして扱う映画を本格的に手掛けることを決意しました。

──海外での活動が多いのはなぜですか?
太田信吾:ドキュメンタリーという形式は国境を越えて共感を生む力があると感じています。また、国内だけでなく海外の視点から自分たちの社会を見つめ直すことで、作品がより普遍的な問いを持つようになると思っています。
そして私が制作しているようなインディペンデントな体制での企画について、海外の映画祭などに併設している企画マーケットを、周りにピッチングや商談をすることが資金調達の1つの手段であるということも海外に積極的に出ている理由の1つです。最初にそれを知って初めて海外にピッチングに行ったのは2016年だったと思います。韓国の「DMZ国際ドキュメンタリー映画祭」は長く国外の監督たちにも制作費を支援する制度を整えていて、私もそのサポートを受けて映画作りをしたことがあります。
──今回の「TCCF」は監督にとって、どういったメリットがあるイベントですか?
太田信吾:「TCCF」はアジアでも屈指のコンテンツマーケットで、各国のプロデューサーやテレビ局、配信プラットフォームと直接対話できる貴重な機会です。作品の国際共同制作や配給の可能性を広げるうえで、とても有意義な場でした。今回は10件以上のミーティングを実施しました。ありがたいことに多くの方から前向きな反応をいただき、台湾やヨーロッパのプロデューサーと具体的な共同制作の話が進みはじめています。また、アジアの若い映像作家たちとのネットワークができたことも大きな収穫でした。


──台湾をはじめ、海外だと映画に投資してくれる方は多いですか?
太田信吾:日本よりも、公共的なファンドやインディペンデント映画を支援する仕組みが整っている印象があります。今年ピッチングに行った国だけでも、ニュージーランド、インドネシア、イギリス、台湾、フランス、などドキュメンタリーを文化として支える制度があり、そこで出会うプロデューサーたちは作品の社会的意義を大切にしてくれます。
──ピッチングではどういった訴求をしましたか?
太田信吾:「清掃」という行為を「ケア」や「記憶の継承」として捉え直す視点を中心に伝えました。老いゆく職人と若い世代の関わりを通して、人間がいかにして“他者のために働く”ことを学ぶのか……という普遍的なテーマを共有しました。
──監督とプロデューサーの大きな違いについて教えてください。
太田信吾:私たちのチームにおいて、監督は作品のアーティスティックな部分に責任を持ち、クリエイティブ面に責任を持つ役割と考えています。一方でプロデューサーは資金調達やスケジューリング、スタッフィングから展開までより実務的な部分を担うものだと考えています。私たちのチームに関してはメンバーそれぞれがクレジット上では分かれてはいるものの、お互いにフォローをし合いながら進めています。
──今後の活動を教えてください。
太田信吾:現在は新作ドキュメンタリー『煙突清掃人(The Chimney Sweeper)』の制作を進めています。老いと尊厳、そして清掃という行為を通じて「ケアとは何か」を問う作品です。来年以降、国際共同制作体制で完成を目指し、各国の映画祭で発表できるよう準備しています。本作は文化庁、芸術文化振興基金、UNIJAPANなどが実施しているクリエーターの海外展開を支援するプロジェクト"フィルムフロンティア"の作品としても選出されて複数年に渡るサポートを受けており、企画開発段階から積極的に国際共同制作で作品を立ち上げてきました。その本格的な撮影が2026年1月からスタートしています。完成は2027年を予定しています。
そして、今年の「釜山国際映画祭」でアジアプレミア上映を果たした前作の映画「沼影市民プール」の全国公開を2026年の夏に予定しています。本作は、公共プールでありながらゲイのハッテン場としても名を馳せ、52年間にわたって多くの市民に愛されたさいたま市の公共プール"沼影市民プール"が営業終了し、取り壊される最後の1年を撮影したドキュメンタリー映画です。大切な場所の喪失をどう乗り越えられるのか、都市開発をケアの視点から見つめ直した作品となっています。ぜひ皆様にもご覧いただければ嬉しいです。


