『パワポケR』戦争編とWW2にまつわる文学―やたらめったら秀逸な戦争体験ができる「野球ゲーム」がここにある

『パワポケR』戦争編を文学と比較してみました。

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『パワポケR』戦争編とWW2にまつわる文学―やたらめったら秀逸な戦争体験ができる「野球ゲーム」がここにある
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ニンテンドースイッチ向け野球バラエティ『パワプロクンポケットR』が2021年11月25日に発売されました。そこに収録されている「戦争編」は、『パワプロクンポケット2』(2000年発売)に収録されていたものがベースとなっており、実に22年ぶりの復活として注目を集めたのは記憶に新しいところです。

さてそんな「戦争編」は、本当に戦争を実感させるほどリアルなゲームバランスになっています。油断するとキャラロストとなり最初からやり直し。油断していなくてもキャラロストとなり最初からやり直し。赤痢やマラリア、黄熱病にペストまであります。

筆者的には『バトルフィールド2042』より戦争を経験できてると思う始末。道に食料が落ちていると超ラッキー、でも敵軍の落とした携帯食料(カンヅメ・ビスケット・チョコなど)を見つけると上官と奪い合い、殴り合いに発展するなど、戦争における悲惨さがこれでもかと散りばめられています。もちろん『パワポケ』らしくコミカルに描かれていますが、そのノリの分、キツい……!

そこで筆者は戦争を経験した文豪たちの小説作品から、『パワポケR』戦争編を見てみようと決意。やたらリアルだけど、決定的にリアルじゃない野球選手育成(バラエティ)ゲームに迫ってみました。

※作中設定ではあくまで架空の戦争であり「WW2に似た戦争」ですが、便宜上「第二次世界大戦」「WW2」と呼称します。

さて、夢か現か「戦争編」では主人公がタイムスリップし、戦時中の日本(らしき国)で目が覚めます。『パワプロ』『パワポケ』両シリーズでおなじみ“やんす口調”の凡田くんが、「オイラたちは補給部隊じゃないでやんすか」とざっくりWW2の渦中に突入することを教えてくれるのです。

ゲームの目的は独自の采配で南方・西方・北方を転々として野球選手としてのパラメーターを完成させていくこと。プレイヤーが判断するキリの良いタイミング・あるいは200週達成で野球選手の完成となります。本記事では各地域ごとに、近しい関係にある文学作品をピックアップしていきます。

◆南方戦線

南方戦線では技術ポイントを獲得することができます。技術ポイントは投手の場合、変化球をはじめ球速アップなどにも使用できる重要な要素。野手の場合、弾道などにも必要となってきます。筋力や変化球、素早さポイントなどが足りていても技術ポイントがないとステータスが上がらないことに。重要な場所と言えるでしょう。

さて、そんな南方戦線は物資が足りないことで有名。大岡昇平の「野火」「レイテ戦記」の舞台となったり、水木しげるが実際に赴いてた戦場だったりします。

●「野火」大岡昇平

敗北が決定的となったフィリッピン戦線で結核に冒され、わずか数本の芋を渡されて本隊を追放された田村一等兵。野火の燃えひろがる原野を彷徨う田村は、極度の飢えに襲われ、自分の血を吸った蛭まで食べたあげく、友軍の屍体に目を向ける……。平凡な一人の中年男の異常な戦争体験をもとにして、彼がなぜ人肉嗜食に踏み切れなかったかをたどる戦争文学の代表的名作である。

(「大岡昇平 『野火』 | 新潮社 (shinchosha.co.jp)」より引用)


人肉を食うか食わざるか……。大岡昇平は実際に南方に派兵されマラリアにかかったりしたそうです。ちなみに『パワポケR』ではランダムで、病気に関するイベントが発生。筆者のキャラは赤痢で「体力」がゴリゴリ削られ、2~3回命を落としてしまいました。幸いにも、まだマラリアでは死んでいませんが……。

大岡昇平と言えば「レイテ戦記」も有名。彼の経験したレイテ島での出来事を他の軍人などへの取材に基づいてまとめあげた一冊であり、戦記文学の金字塔とも呼ばれています。

さて、文学という範疇からは逸脱するものの、水木しげる先生も南方戦線を経験しており、よく漫画で表現しています。彼は戦場で右腕を失っており、戦地でぬりかべに会った逸話などが有名ですね。水木先生が島をさまよっていると突如目の前に壁が現れ、前に進めなくなってしまった。しかし朝起きると壁はなくなっていて、そこに崖があったという話です。ぬりかべに命を救われたわけですね。

そんな水木先生の戦争漫画で代表的なのがこちら。一般によく知られている水木しげる作品を想像していると面食らう、悲しみと無情さに満ちた作品です。

●「総員玉砕せよ!」水木しげる

昭和20年3月3日、南太平洋・ニューブリテン島のバイエンを死守する、日本軍将兵に残された道は何か。アメリカ軍の上陸を迎えて、500人の運命は玉砕しかないのか。聖ジョージ岬の悲劇を、自らの戦争体験に重ねて活写する。戦争の無意味さ、悲惨さを迫真のタッチで、生々しく訴える感動の長篇コミック。

『総員玉砕せよ!』(水木 しげる):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部 (kodansha.co.jp)より引用)


さらには小説家ではないものの、戦争が終わったことに気づかず、28年もの間南方に潜伏していた横井庄一さんも「明日への道 全報告グアム島孤独の28年」という著作を出しています。その2年後にはフィリピンから小野田寛郎さんも帰還。約30年も、そのような生活をしていたというのだから本当に信じられません。

なお、30年を『パワポケR』で例えると、ざっと1,564週ほどになります。果てしなさすぎる。

◆西方戦線

西方戦線は、ゲーム中で展開される「とんかつ作戦」と「ジンギスカン作戦」の類似や、任月高志参謀長の言動が牟田口中将のイメージに酷似していることから、インパール作戦が元になっていると推測されています。

南方が苛烈を極めたとは言いましたが、西方戦線もそれに負けず劣らずであり、今ではインパール作戦は“史上最悪の作戦”とも呼ばれています。こちらを舞台にした小説は、高木俊朗著「抗命」か、竹山道雄著「ビルマの竪琴」となるでしょう。

●「ビルマの竪琴」竹山道雄

ビルマの戦線で英軍の捕虜になった日本軍の兵隊たちにもやがて帰る日がきた。が、ただひとり帰らぬ兵士があった。なぜか彼は、ただ無言のうちに思い出の竪琴をとりあげ、戦友たちがが合唱している“はにゅうの宿”の伴奏をはげしくかき鳴らすのであった。戦場を流れる兵隊たちの歌声に、国境を越えた人類愛への願いを込めた本書は、戦後の荒廃した人々の心の糧となった。

竹山道雄 『ビルマの竪琴』 | 新潮社 (shinchosha.co.jp)より引用)


主人公たちは戦争を通じて野球選手の道を歩んでいるので、戦争で僧侶になるということは少し納得できるかもしれませんね! 真面目にいうと、徴兵されているということは職業軍人でなかったということ。戦争編では主人公たちの「野球選手になる夢」が垣間見え、なお辛いのです。

さて、『パワポケR』西方戦線では筋力ポイントが鍛えられます。これには納得できる気も……。やはり球速やパワーをあげて、怪物じみた野球選手を作り上げたいところ。楽曲「はにゅうの宿」、英名「ホーム・スイート・ホーム」を歌いあげながら野球選手を作りましょう。

これは補足ですが、最近になって戦争を経験した方々が小説や手記を出すということが増えています。もしかするとリアルな体験談は「小説家でなかった人々」から聞こえてくるかもしれません。

◆北方戦線

おそらくここが一番安全で、しかし葛藤を生んだ土地。南方、西方とちがって軍人でない日本人も多く住んでおり、筆者の個人的偏見では一番文学的影響が生まれたのではないかと思っています。満州国やその周辺をイメージしてもらえるとわかりやすいです。

さて、色々取り上げるべき文学はありますが、あえてこちらを。ゲームでは変化球ポイントがアップする場所だし大丈夫だよね、ということで戦後シュールリアリズムの巨匠を紹介します。

●「(霊媒の話より)題未定―安部公房初期短編集―」安部公房

昨年、新たに発見された幻の短編「天使」をはじめ、十九歳の処女作「(霊媒の話より)題未定」など、戦中から戦後にかけて執筆されながら、作家生前は発表されなかった十編に加え、敗戦で混乱する奉天を舞台にした稀少な一編「鴉沼」を収録。やがて世界に名を馳せる安部文学の、まさに生成期の息吹きを鮮烈に伝える短編集。

安部公房 『(霊媒の話より)題未定―安部公房初期短編集―』 | 新潮社 (shinchosha.co.jp)より引用)


筆者は安部公房研究してたのでオタクの早口気味になる傾向が。以下、長文を残しますが読み飛ばしてください。


さて、安部公房は満州に住む日本人医師の家で育ちました。戦争でも変わらず日本占領下の満州で暮らしていて、医者の父が亡くなってもしばらく残り最後の引揚げ船で帰国したそうです。こちらに収録されている「天使」はその引揚げ船の中で書かれたものと言われています。彼の作品はシュールリアリズム(シュルレアリスム)文学なので、一読して意図がわかる人間は少ないでしょう。(シュールリアリズムは「無意識を小説で表現する」というやり口ですので、わかりづらいのです。安部公房の作品を読み解くには、ひとつを熟読するのではなく複数作品を読み比べるのがおすすめ。ここでは公房がはたして本当にシュールリアリズム作家なのかという問いは省くことにします)彼は国ではなく「都市というもの」について語りました。ざっくり言うと「戦前からつながる日本の都市」を描いたのではないんです。高度経済成長期で新たに日本の“都市”が生まれていく様、そして満州で「国が亡んだ様」を体験したことで彼はそういった観念に達したのではないか、と思われます。ちなみに対比的なのは同年代作家の三島由紀夫。彼は周知のとおり天皇を崇拝していて、一見安部公房とはまったく違う“日本”を重視した人間。しかし実は安部公房と三島由紀夫はデビュー直後から三島が亡くなるまで、思想は違えど友人同士でありました。三島は安部公房主宰の「世紀の会」の初期メンバーでもあります。なんかこう、いいですね。こういう文豪同士の繋がり。


戦争を経験した作家との枠組みなのでルール違反ですが、最近の漫画「満州アヘンスクワット」なども面白いですよ。

◆呪い島 ダイジョーブ島

「呪い島」「ダイジョーブ島」は特定の条件を満たしたときにだけ出現する戦地(?)。呪い島はざっくりいうと「マインスイーパの島」です。地雷が山ほど埋められていて、かわりに大幅なステータスアップが望める島。ダイジョーブ島はダイジョーブ博士がランダムで性能を上げてくれる(下げてくれる)島……。

こちらを舞台にした文学作品……あるわけがありません。

というわけで代わりにこちらを。筆者の独断でチョイスしました。

●「蠅の王」ウィリアム・ゴールディング

飛行機が墜落し、無人島にたどりついた少年たち。協力して生き抜こうとするが、次第に緊張が高まり……。不朽の名作、半世紀ぶりの新訳登場

蠅の王〔新訳版〕 | 種類,ハヤカワepi文庫 | ハヤカワ・オンライン (hayakawa-online.co.jp)より引用)


これは戦争物とは言えず、完全なフィクション。一応時代設定は「未来の世界大戦」とはなっていますが、戦地に向かっていた合唱団の少年たちが不時着した島で生き延びようとあがくものとなっています。あえて言うなら、イギリス文学の伝統「十五少年漂流記」などに語られる“子供たちの漂流記”というおとぎ話を、凄惨な切り口から語ったものでしょうか。

本作の特徴として、子供たちの生存戦略がまるで呪いにでもかけられているかのように上手く行かない。幼さゆえに失敗する作戦、そして不運。パラシュートでの着地に失敗した軍人の死体に群がる蠅など……。1983年にノーベル文学賞を受賞した作者のウィリアム・ゴールディングは、かの有名なノルマンディー上陸作戦に従事した軍人でもありました。実際に地獄を味わっていないと書けないような描写が特徴の一作です。

(スクショ用にマインスイーパーするか!と集中しないで始めたら一面で死にました)

◆司令部(本土)

司令部では「体力」「ツキ」が回復します。もうずっとここにいたいですが、そういうわけにはいかず。すぐ次の戦場に向かうこととなります。もちろん司令部はWW2でいう日本の本土ですね。

こちらは文学作品が多いこと多いこと。文豪たちが従軍しなかった分、日本国内のことを紹介しているわけですね。戦場を経験した作家たちと比べれば平和な内容になります。

●「東京焼盡」内田百閒

十二月九日土曜日。漱石忌なり。午前三時十分警戒警報にて目をさます。同時に小さな地震あり。四時解除となりたれどもその間に浅草の方に三つ又小岩にも焼夷弾を落としたる由。火の気もない寒夜に起きて身支度をするのは誠に閉口也。

(「東京焼盡」(中公文庫)より引用)


内田百閒は夏目漱石の弟子であり、借金を返さないことで有名なおちゃめ文豪です。彼の描いた名作「阿房列車」はつまるところ「阿呆」列車。借金をしてまで列車で旅する、作者自身を描いた作品となります。

本当に面白い作家で、「借金取りから金を借りる時が一番うれしい」、「給料日は借金取りが教授室の前に並ぶから嫌い」とまで言いのける出鱈目な人ですが、「東京焼盡」では日記として戦時中の生活を執筆。淡白な文章で空襲を体験した時のことを綴っていて、一読の価値ありです。

また、太宰治はその繊細な感性をもって「戦後」という現象に衝撃を受けました。その純粋さと不安定さゆえにこの一節を取って三島由紀夫のような徹底した愛国保守と捉えるのは早計ですが、このような文を「苦悩の年鑑」で残しています。

●「苦悩の年鑑」太宰治

 指導者は全部、無学であった。常識のレベルにさえ達していなかった。
         ×
 しかし彼等は脅迫した。天皇の名を騙かたって脅迫した。私は天皇を好きである。大好きである。しかし、一夜ひそかにその天皇を、おうらみ申した事さえあった。
         ×

 日本は無条件降伏をした。私はただ、恥ずかしかった。ものも言えないくらいに恥ずかしかった。
         ×
 天皇の悪口を言うものが激増して来た。しかし、そうなって見ると私は、これまでどんなに深く天皇を愛して来たのかを知った。私は、保守派を友人たちに宣言した。

(「苦悩の年鑑」(青空文庫)より引用)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/288_20143.html


◆「戦争編」で200週生き延びるのは至難の業!“夢オチ”で戦争から逃げだそう!

『パワポケR』戦争編は、200週クリアすることで戦争が終結しクリアとなります。しかし散発的にやってくる爆撃機や魚雷に、ランダムで発生する体力減少イベント。決まったタイミングで戦地を移動させられたり、はたまた「迎えの船が来ない」という理由で司令部での体力回復が出来なかったりと散々な困難が押し寄せます。

「ツキ」を上げれば回避できることもありますが、それでも順調に育成が進んでいた野球選手が、僅か数ターン後に不運に見舞われ「生還セズ」(キャラロスト)の憂き目に会うこともしばしばであり、200週クリアは至難の業です(その代わりに“夢オチ”という形で司令部から現実に戻ることが可能。引き際を見定めるのが難しいですが、ある程度遊んだら好きなタイミングで育成が終えられます)。

パワポケくんは「戦争編」にて、まるで昨今流行っている異世界転移小説のようなタイムスリップをしました。ただ、そこで起きたのは、よくある“現代知識無双”でもなんでもなく、ガッチガチにリアルな一般兵の物語……。なぜこれを「野球」で再現しようと思ったのかわからないほど、生々しい体験が待っています。

この機会に戦争の無情さを、一度味わってみませんか?


《高村 響》

多義的に面白いことが好きです 高村 響

兵庫県生まれ。子供の頃からゲームを初めとしたサブカル全般にハマっていたものの、なぜか大学にて文学研究で博士課程まで進むことに。本が好きで、でも憎い。純文学を中心とした関係性の中で生きていたが、思うところあってゲームライターに転向。その結果、研究のさなかゲームをしまくっていたことが恩師にバレつつある。 読んでくださっている皆様、どうぞよろしくお願いします。

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