少女と女性の狭間にいるであろう花譜という名の孤高なるバーチャルシンガー 繊細なる声は寄る辺なき者のために【バーチャルタレント名鑑】

今回紹介するのは、8月24日にVTuberとしては史上初となる日本武道館公演を開催した花譜さんです。

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少女と女性の狭間にいるであろう花譜という名の孤高なるバーチャルシンガー 繊細なる声は寄る辺なき者のために【バーチャルタレント名鑑】
少女と女性の狭間にいるであろう花譜という名の孤高なるバーチャルシンガー 繊細なる声は寄る辺なき者のために【バーチャルタレント名鑑】 全 3 枚 拡大写真
様々なバーチャルタレント事務所が次々に発足し、着実にその裾野を広げ続けているバーチャルタレント(VTuber)シーン。牽引する二大事務所に注目が集まるなかにあって、数年来に渡って活躍を続けるタレントも非常に多い。この連載コラム「バーチャルタレント名鑑」では、様々なカルチャーシーンで奮闘を続けるバーチャルタレント(VTuber)一人一人にスポットライトを当て、これまでの軌跡とこれからの望見について書いていきます。今回紹介するのは、8月24日にVTuberとしては史上初となる日本武道館公演を開催した花譜さんです。

先週書かせてもらったホロライブ・星街すいせいさん、彼女には「日本武道館でライブを開催する」という夢・目標があります。

彼女に限らず、同じような目標を掲げて大志を抱いて活動しているVTuberやバーチャルタレント、もちろんアイドルやミュージシャンが多くいることも筆者は知っています。そのなかで、2022年8月24日にVTuberとしては史上初となる日本武道館公演を達成した花譜さんについて書いていきたいと思います。

とはいえ、本来ならばこれまでの連載と同じように年表的に語るべきではあるのですが、そこに楽曲レビューを3つ加えて振り返るという形で進めたいと思います。

2018年10月16日にYouTubeチャンネルが開設され、10月18日にデビュー。日本の何処かに棲む、何処にでもいる、何処にもいない18歳。3Dモデリングされたアバターを使って現在活動している花譜さん。

記念すべき最初の動画は、当時では規格としてされていなかった現在のShort動画にあたるほどの、短い短い一本の動画です。

2018年10月31日に投稿された歌ってみた動画「猛独が襲う」は、現在までに200万再生されています。2018年12月6日に初のオリジナル曲「糸」を、28日には「心臓と絡繰」をそれぞれ投稿。2019年1月9日には早くも新曲をリリースすることになります。

現在の花譜、ならびに彼女が所属するKAMITSUBAKI STUDIOのレーベルメイトである理芽さん、春猿火さん、ヰ世界情緒さん、幸祜さんらにも少なからぬ影響を与えているであろう1曲です。

◆「花譜「魔女」

花譜 #11 「魔女」 【オリジナルMV】

のちに5人がV.W.P.というグループで活動をスタートした際には、「魔女」をコンセプトにした「祭壇」「宣戦」「言霊」「電脳」「共鳴」「牢獄」といった楽曲が制作されており、同楽曲が及ぼした影響の強さを物語っています。

作詞・作曲・編曲を務めているのは、現在まで花譜に関する楽曲のほとんどを手掛けるカンザキイオリさん。ボカロPや作曲家として「命に嫌われている。」「あの夏が飽和する。」といったヒットソングを発表しており、昨年紅白歌合戦に出演した歌い手のまふまふさんが「命に嫌われている。」を歌ったことを覚えているファンも多いのではないでしょうか。

命に嫌われている。/初音ミク
あの夏が飽和する。/鏡音レン・リン

厭世的で悲観的な死生観を強くにじませ、真っ当に生きようと思っても上手く生きることができない、そんなふさぎ込んだ精神性を強くにじませた歌詞は、現実の情景・心の風景だけでなく、切迫感に溢れた心の声をもヴィヴィッドに描いています。

元々ギターを弾いていたこともあり、サウンドには日本のギターロックバンドからの影響も見え隠れするなかで、彼の音楽性は2010年代のインターネット・ミュージックのなかでひと際に「シリアス」「生々しさ」に満ちた質感を持った音楽としてリスナーに届いてたところでしょう。

そんな彼の作り出す音楽に共感していたのは、ほかならぬ花譜さんでした。彼女の掠れ気味になったりウイスパー気味になったりと変幻する声色は「震えている」ような感触をリスナーに与え、カンザキの描く「切迫した心の声」を体現したように響きます。

「魔女」では、インターネットという世界でアイデンティティを模索し、苦悩する肌感覚を歌っています。すこし震えているかのようなビブラートとか細い声に、寄る辺ない気持ちで切々と歌う少女の姿を想像するのはとてもたやすいでしょう。インターネットが身の回りに当たり前にある今の若年世代にとって、その歌はリアリティをもって通じる部分はあるかと思います。

先にも書いたように、その後この曲を軸としたシリーズモノになっていくことを踏まえても、現在にもつづく彼女のパブリック・イメージやメッセージ性が詰まった1曲だと言えます。

彼女のYouTubeチャンネル・ストリーミングサイトなどで最も再生されている楽曲は、「魔女」をリリースしてから数か月後に投稿された「過去を喰らう」です。

◆花譜「過去を喰らう」

花譜 #22 「過去を喰らう」 【オリジナルMV】

2019年前半の新宿都心を中心に、花譜が街中のいたるところに現れるというテイストで進むMVでは学生服の花譜も見られます。実は、2019年4月に高校へ進学していたという彼女の生活に合わせて制服姿が準備されていたのです。

そんなうら若き花譜が、ギターを中心にしたロックサウンドにせっつかれるように、こう歌ってみせます。

「反抗期だと疎まれた
子供達は復讐に走り
意味にすがる腑抜けた大人たちは
歌を歌いたがる
若さを強いて貪る惰眠
気づけば爪が剥がれ落ちる
雨が好きだった理由も
好きな歌も忘れ去った」

厭世的な歌詞の裏にある衝動性と行き詰まりが、花譜の声が生み出すセンチメンタルさと綯い交ぜになり、心の暗部を痛いほどに刺してくる。モラトリアムで多感な時期の若年層が、「自分は何者なのか?」とアイデンティティに疑問を浮かべたときにこの曲と出会ったなら、その影響力は計り知れないでしょう。

その後彼女は、すこしずつ存在感を広めていくことになっていきます。テレビ出演などはもちろん、VTuber・バーチャルタレントにありがちな「生配信」もほとんどしないという異色の活動スタンスではありますが、そのビジュアルとメッセージ性と共にミステリアスな魅力をまとい始めていたからです。

2020年年初から現在に至るまでのコロナ禍のなかでも、地道に動画投稿・アルバム発表・ワンマンライブ開催というサイクルを回し続けます。その姿はミュージシャンやシンガーと見比べても遜色がないものです。

2022年3月26日には高校卒業記念配信ライブを開催。忘れがちですが、この期間彼女は「高校生」であり、少しずつ大人へと成長している真っ只中にあります。

最後に彼女のディスコグラフィから選ぶとするなら、彼女の中でも随一のバラード「花と解答」、Kizuna AI、大森請子、MIYAVI、長谷川白紙とのコラボ楽曲も候補にあがりますが、ここでは佐倉綾音とのコラボ曲「あさひ」を挙げましょう。

◆花譜×佐倉綾音「あさひ」

花譜がリアルのアーティスト&コンポーザーを中心としたコラボレーション企画「組曲」の第3弾としてデュエットした楽曲で、デザイナー・松井諒祐さんによるアパレルブランド「ha | za | ma」のコンセプトソングとして制作され、2020年10月に公開されたコンセプトムービーに使用されています。

ha | za | ma other story 『neither angel nor demon』

ランウェイでも使っていただけるような普段より長めの曲がいいのではないかと考えました。」とカンザキさんはインタビューで答えており、7分20秒弱の長さで描かれるのは、女性同士の恋愛をモチーフにした秘められた恋愛についてです。

「想像する偏見や差別が
これから当たり前になっていく
何が正解で 何が間違いで
私たちは正解なのか
君のために耐えられるのか
君のために立ち向かえるか
自分じゃなく君のために
君のことを愛していけるのか」

LGBTQにまつわる偏見を少なくしていこうと進む時代のなかで、寄る辺ないままに苦悩する人の心情がストレートに記されています。

なによりこの楽曲が特徴的なのは、花譜・佐倉両者の歌唱が、淡々としたメロディのなかで感情をセリフにこめるような、ポエトリーリーディングな歌唱になっていることにあります。

低音や高音といったメロディの浮き沈みに邪魔されることなく、「言葉に感情を込める」ことに注力したことにより、女性声優のなかでもヒロイン役を務めることの多い佐倉綾音の得意ゾーンで力を発揮させつつ、花譜の独特なトーンの声色をも主張できるように仕上がっているのです。

事実、適度なハモリを加えながら2人は主旋律を歌っているなかで、ぶつかり合うように、離れていくようにと変化していく。2人のボーカルは、歌詞で描かれるヒリついたムードに、心に跡を残すような感情と熱量をもたらしてくれます。

【組曲】花譜×佐倉綾音 #92「あさひ」

高校を卒業したばかりの、まだ少女と女性の狭間にいるであろう花譜さん。武道館公演を終えてもその歩みはまだまだ続いていくのです。

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《草野虹》

草野虹

福島・いわき・ロック&インターネット育ち 草野虹

福島、いわき、ロックとインターネットの育ち。 RealSound、KAI-YOU.net、Rolling Stone Japan、TOKION、SPICE、indiegrabなどでライター/インタビュアーとして参加。 音楽・アニメ・VTuberやバーチャルタレントと様々なシーンを股に掛けて活動を続けている。 音楽プレイリストメディアPlutoではプレイリストセレクター(プレイリスト制作)・ポッドキャストの語り手として番組を担当している。

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