自身の5年間をマルチバースな世界へと描きなおした「叶 1st Concert『午前0時の向こう側』」ライブレポート

VTuber事務所・にじさんじに所属する叶(かなえ)さんによるソロイベント「叶 1st Concert『午前0時の向こう側』」のライブレポートをお届けいたします。

配信者 VTuber
自身の5年間をマルチバースな世界へと描きなおした「叶 1st Concert『午前0時の向こう側』」ライブレポート
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突然のアクシデントにもクールに対応 ソロ初公演とは思えぬ堂々ぶり


続いてナポリPによるボカロ曲「アクシデントコーディネイター」をカバー。ファルセットを活かしたボーカルで順調に歌っていくと、途中で叶さんの3Dモデルがパっと止まってしまうアクシデントが。楽曲の歌詞に「マネキン」とあるので演出の一環か?と思わせつつ、そのまま焦ることなく歌っていきます。

無事?曲が終わると暗転したまま時間が経過し、「はい!えーっとですね、ちょっとお待ちいただいてもいいでしょうかね?」と叶さんの声が入り、ここでようやくトラブルであることが観客・視聴者にも伝わります。

この公演で使用されている制御型ペンライト「FreFlow®(フリフラ)」を使い、オペレーターに制御してもらって会場を赤色・青色で彩り、観客側で順々に色を変えていって「次は何色か?」を当てるクイズが始まります。この日初めてのソロ公演ですが、トラブルが解決するまで場を繋ごうとする姿に、会場は安心した雰囲気に包まれます。

急遽のトラブルで客電がついて休憩時間となってから10分ほど経過し、無事トラブルが解決。叶さんの口から改めて「アクシデントコーディネイター」を歌い始めるところからコンサートを再開する旨が告げられました。

波乱含みの幕開けに、にじさんじの先輩・夕陽リリさん、後輩・三枝明那さんも思わずこんなツイートをしていました。

2度目の「アクシデントコーディネイター」を歌い終えると、黒い花柄シャツの叶さんは問いかけます。「きみは『楽しい』を見つけられたかい?いまの自分に満足してる?」と。白い衣装を着た叶さんは、こうぼやきました。

「自分に満足って、毎日100点ってじゃないし、たまには楽しくないときだってあるでしょう?」

アーティスト衣装の叶さんは、いうなれば「いま現在活躍する叶」でしょう。黒い花柄シャツの叶さんは、いまやインフルエンサー/エンターテイナーとして奮闘する自分に向けて「満足しているか?」「楽しんでいるか?」と語りかけている格好です。

そこに灰色のカーディガンを羽織った外出着の叶さんも登場します。配信を通じてよく知られた彼の衣装であり、黒でも白でもない叶さん、いうなれば「可能性の一つ」であり「過去」の姿といえます。

そんな彼が歌い始めたのは、シティポップ調の「セイテイノア」です。直前の背景映像で「井ノ底ノ蛙」と記されたように、語源は「井の中の蛙、大海を知らず」という意味にあります。社会や周囲に向けて皮肉な視線を投げかけ、現実を憐れむような歌です。


続く楽曲は「ハルを追いかけて」。この曲はにじさんじのライバーが俳優として活躍する「Lie:verse Liars」の主題歌として制作された1曲ですが、これもまた「叶の物語」には欠かせない1曲でしょう。ファルセットを使うことなく、表声をムリに使うことで苦しそうに声を上げる感触を残し、虚実が混ざった世界の生きづらさを訴えます。

「水性のマーブル」では、ゆるやかな曲調に合わせるように、椅子に座った叶さんは軽く揺れながら歌ってみせます。「水槽の中みたいな世界」という歌詞を歌ったように、背景には水の中で気泡が浮かんでいく映像が流れていき、どこか涼やかさすら感じさせてくれました。

余韻も覚めやらぬなか、眼鏡をかけたパジャマ姿の叶さんが登場し、舞台の主役は彼に委ねられます。

ボカロPとして活動するΔ(読み:デルタ)さんによる「青色が怖くなったんだ」をカバーしはじめると、アコースティックギターのカッティングや鍵盤音のリズミカルなフレーズが印象的な曲を軽やかに歌います。

続いてもボカロPの傘村トータさんによる「晴天を穿つ」をカバー。ピアノの旋律がリードするアレンジが心地よいポップスで、歌詞の内容からするととても男らしい印象もうけますが、ここまでのコンサートの流れや声色にも力強さがなく、どこか頼りなく感じられます。

先ほどまでの「叶」とは違い、あまり踊るようなことはせずに精一杯に歌おうとする姿がそこにはあります。この瞬間目にしていたのは、「いま活躍している叶」ではなく、「可能性としての叶」「過去の叶」としての姿だったのかもしれません。

切々と歌おうとする姿は今も昔も変わりない……そんななかで歌い始めたのはRADWIMPSの「大丈夫」でした。

新海誠監督の大ヒット作「天気の子」の挿入歌として生まれたこの曲は、すこし頼りなさそうで弱弱しく見えた君を僕が支えようという歌です。「晴天を穿つ」と同じようにすこし頼りなく感じられる細い声ですが、終盤にかけて少しずつ力強さを増していくようなボーカルを見せてくれ、大サビに入ると白いシルエットの叶さんも登場し、2人でこの曲を歌い終えました。

花柄シャツを着た叶さんがふたたび登場し、「僕の中にはまだまだ知らない自分がいる。君も、何もかもさらけ出せばいいじゃん?」と語り始めると、「K/D Dance Hall」を歌い始めます。白いシルエットへと変わった2人の叶さんとともに歌い踊っていくパフォーマンスで、そのまま「Jam Jam」へ。「K/D Dance Hall」「Jam Jam」ともにエレクトロなダンスポップで、日々トレーニングしているというダンスを見せてくれました。

続いては和風な音作りとファンキーなベースサウンドで支えられた和ぬかさんの「絶頂讃歌」をカバー。お次は自身の曲「惜別」でクラブライクなポップスを歌い上げます。4曲続けてのダンスチューンでも、キーや音程を外すことなく安定したボーカルを聞かせてくれます。もちろん、そこには息切れや疲れた姿は一切見えません。

ここで再度、「花柄シャツの叶」と「アーティスト衣装の叶」による問答が始まります。さまざまな可能性が示されつつ、自問自答を繰り返して示されたのは「それでもなお終わりに向かっている」ということ。2人の対話がおわると、公演がフィナーレへと向かっていきます。

本公演のテーマソングとなっている「針音」は、アコースティックギターのアルペジオに、エレキの単音リフにキックサウンド、鍵盤楽器が徐々に加わっていくアレンジで、まるで「さまざまな可能性が収束していく」ような印象を与えてくれ、「君を向こう側へ連れていく」という本公演で描きたかった本意がハッキリと伝わってきました。

そこからシームレスに繋がって披露されたのは本編を締めくくる「声を聴かせて」です。手数の多いドラミングやストリングスの音色がドラマティックさを添えていきます。

孤独だった僕たちが 手操りあって掴む愛
あとどれだけ君に会えるかな
時計を眺めた
秒針が僕を追い越すたび
その背中は切なげで
引き止められ そばにいてくれること
望んでるんだろう

(「声を聴かせて」より)

「声を聴かせて」の序盤で歌われるこの歌詞は、叶さん本人とリスナーの関係だけでなく、「さまざまな可能性としての叶」をも捉えているようです。

曲を歌い終わると、大きな鐘の音が鳴り響き、秒針が「午前0時の向こう側(=新鮮なる未来)」へと進んでいきます。過去を振り返り、想いを馳せることはあれども、引きずられ過ぎずに未来に向けて生きていく――タフなメッセージとセンチメンタルさが絡み合った独特なフィーリングを残す、彼にしか生みだせないコンサートでした。

「僕らしい形」を追い求めた叶らしいコンサート

濃密な本編の後のアンコールもまた彼らしいセットリストに。「No.9」「優しい人にならなければ」「わたしのリンゴ」と披露していった3曲は、なんと公演日時点では未発表の完全新曲であり、いくらアンコールとはいえとても挑戦的な並びに感じられました。

特に3曲目の「わたしのリンゴ」は、2023年8月にリリースされる1stシングル「How Much I Love You」に収録予定であり、4月1日から先行配信が開始予定となっています。

コンサートへの感想や思い入れもそこそこに、記念撮影を終えて、最後に歌ったのはオープニング曲であり、途中で終わってしまった「ブロードキャストパレード」です。今度は途中で止まることなく、鮮やかさすら感じられるポップスを歌いきり、大団円を迎えました。

「自分も5年も活動していると自分の中で変化があったりしたなかで、そういう気持ちの変化を『1つの物語』として形にした、にじさんじにとっても初めての形式のコンサートになりました。僕の中にあるいろんな僕、それを俯瞰して観察している僕、それぞれと対話していくという内容です」

「どうしてこんな内容になったかというと、『うおおお!盛り上がってるかお前らー!』みたいなライブが得意じゃなくて、僕しかこの場にいないので、僕らしい形に仕上げたいなと思ってやってみました」

アンコール途中のMCで、コンサート内容と制作意図をこのようにハッキリと語った叶さん。「flores」「夜明かし」の2枚のEPがいかに自身の体験や過去を色濃く反映しているかも理解させられ、EP収録曲で本編を固めて、アンコールが今後の未来に発表される曲で固めていたのも、「過去と未来を分かち、新鮮なる未来へと向かいたい」という本公演の内容に沿ったものなのが分かります。

「この5年間の総決算・集大成ともいえるコンサート」といえば言葉が大きすぎるかもしれませんが、自身が積み重ねた経験・変わっていった感性に向き合い、シアトリカルな表現の数々で曝け出すようにして表現していました。これが初めてのソロ公演というには十二分すぎるほどに、「叶」という男の感性が詰めこまれたコンセプチュアルなコンサートでした。

0 ブロードキャストパレード
1 Midnight Showcase
2 ANEMONE
3 アクシデントコーディネイター(Cover)
4 セイテイノア
5 ハルを追いかけて
6 水性のマーブル
7 青色が怖くなったんだ(Cover)
8 晴天を穿つ(Cover)
9 大丈夫(Cover)
10 K/D Dance Hall
11 Jam Jam
12 絶頂讃歌(Cover)
13 惜別
14 針音(新曲)
15 声を聴かせて

アンコール
1 No.9(新曲)
2 優しい人にならなければ(新曲)
3 わたしのリンゴ(新曲)
4 ブロードキャストパレード

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《草野虹》

福島・いわき・ロック&インターネット育ち 草野虹

福島、いわき、ロックとインターネットの育ち。 RealSound、KAI-YOU.net、Rolling Stone Japan、TOKION、SPICE、indiegrabなどでライター/インタビュアーとして参加。 音楽・アニメ・VTuberやバーチャルタレントと様々なシーンを股に掛けて活動を続けている。 音楽プレイリストメディアPlutoではプレイリストセレクター(プレイリスト制作)・ポッドキャストの語り手として番組を担当している。

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