ドット絵で描かれたキャラクターに立体的な背景を組み合わせ、高精細なエフェクトによる演出を加えた「HD-2D」は、親しみやすさと新鮮さを兼ね備えた表現として注目を集めてきました。今や、スクウェア・エニックスを代表する技術のひとつとして広く知られています。
これまでHD-2Dで描かれてきた作品は、『オクトパストラベラー』のようなRPGが中心でした。そのほかに『トライアングルストラテジー』のようなシミュレーションRPGがあるくらいで、大半はRPGが占めています。

しかし、HD-2Dシリーズの最新作となる『冒険家エリオットの千年物語』は、シリーズ初のアクションRPGとして登場します。HD-2D表現とアクションRPGがどのように融合しているのか、関心を寄せている人も多いことでしょう。
『冒険家エリオットの千年物語』は、2026年6月18日に発売予定です。本稿では、その発売に先駆けて体験した内容をもとに、HD-2DとアクションRPGの融合が生み出すプレイ感についてお届けします。
なお、本稿で触れる内容は序盤の範囲に限ります。また、今回プレイしたのはPS5版です。
■過酷な世界と“時代移動”が物語を彩る

『冒険家エリオットの千年物語』は、ファンタジー世界を舞台にしたアクションRPGですが、一般的な同ジャンル作品と比べても、本作ならではの独自性が際立っています。
まず印象的なのが、世界設定です。多くのファンタジーゲームでは、ひとつもしくは複数の国家が存在し、人々はそれぞれの領土で生活しています。町の外に出ると魔物に襲われる危険もありますが、人間たちは広い範囲で暮らしている作品がほとんどです。
しかし、本作の世界はかなり過酷な状況に置かれています。この世界にはかつて強大な魔法文明が存在していましたが、ある時期を境に衰退し、没落してしまいました。その後、人々は厳しい時代をどうにか生き抜いて再建を果たし、現在は「ヒューザー王国」が人々の暮らしを守っています。

ただし、守っているのは「加護の魔法」による障壁で覆われた王都のみ。人間は大陸の一角という限られた土地で肩を寄せ合うように暮らしており、城壁の外では「蛮族」と呼ばれる異形のモノたちが縄張り争いを繰り返しています。
蛮族にとって、人間の領土も侵略対象のひとつに過ぎず、加護の魔法によって辛うじて平和が保たれている状況です。加護の魔法への信頼感からか、住民たちに悲壮感はないものの、この世界の平和は水際でぎりぎり維持されているという印象を受けました。

過酷な世界観を持つファンタジー作品は珍しくありませんが、人間の生活圏そのものがここまで切迫している作品は、かなり珍しいように感じます。
■“時代を旅する”構成が物語に厚みを与える

『冒険家エリオットの千年物語』の世界がここまで厳しい環境に置かれているのは、おそらく物語の構成と深く関係しているためでしょう。
主人公・エリオットは、ある事情から魔法文明の遺物である「時を超える扉」を使い、異なる時代へと足を運びます。今回プレイした範囲では、エリオットが元々いた「加護の時代」から、過去の文明衰退後の荒廃期を乗り越えようとする「再建の時代」へ移動しました。

人間の生活圏が狭められているため、「加護の時代」における人間関係は、王都の範囲に限られています。無論、限られた舞台で濃密な物語を描く作品もありますが、スケール感はどうしても小さくなりがちです。
しかし『冒険家エリオットの千年物語』は、ひとつの時代は狭くとも、時間を遡ることで物語が厚みを増していく構造になっていました。その描き方を先に決めたのか、それとも世界観が先だったのかは分かりませんが、物語の展開と世界の構築が非常に噛み合っているように感じました。

時代ごとに登場人物のドラマが描かれるのはもちろんですが、背景ひとつからも時間の経過を垣間見ることができ、本作の描く世界の深みを間接的にも表現しています。例えば、「加護の時代」でほぼ朽ち果てていた廃墟が、「再建の時代」では廃屋程度の姿を留めていました。
そうした変化を目の当たりにするだけでも、この場所に長い年月が流れたのだと伝わってきます。さらに時代を遡れば、実際にどのような建築物があったのか分かるかもしれません。プレイヤーは、時代の変化を実感できると同時に、歴史の生き証人にもなれるのです。

また、「加護の時代」で語り継がれていた言葉がありますが、それを最初に発した人物と出会う場面もありました。長い年月を経て受け継がれた言葉の“原点”に遡る感覚に、独特の感慨深さを覚えます。
まだ序盤の範囲ですが、『冒険家エリオットの千年物語』という世界で紡がれる物語は、ゲームシステムとの組み合わせが良好で、先の展開を楽しみにさせてくれるものでした。



